明治37年6月25日(土曜日)

露国内部の腐敗 輸送されてきた軍用靴は皮の縫目が糊で貼り付けられていた

不景気 日露戦争は露国の工業に大打撃を与えている

フィンランド人の日本贔屓 市長アミノフや銀行頭取ミンチゲム伯爵が日本負傷救護会を設立した。

上村長官の熱誠 暴風雨が全身に注ぐのを知らないかのように終日艦橋に立っていた

露国内部の腐敗(露国新聞による)

露国兵站部における御用商人の醜態は今更述べるに及ばないが、近頃ワルシャワからイルクーツクに輸送されてきた軍用靴は総額が1万ルーブルするにもかかわらず皮の縫目がことごとく糊で貼り付けられており到底使用に堪えものでなかった。

不景気(露国新聞による)

日露戦争は露国の工業に大打撃を与え、ロッジやモスコーの製造業は注文が絶えてしまた為に操業を中止し或は業務を縮小した。中央アジアやペルシャへ貨物を運送するヴォルガ河の汽船は積荷が乏しくなっており、カスピ海の主要港の一つであるアストラハンはこの影響を受けて、恐慌をきたしている。その他オデッサは極東航路が途絶したため外国貿易が減少し金融が切迫している。

フィンランド人の日本贔屓(露国新聞による)

在米フィンランド人は開戦以来しきりに日本軍に同情を寄せて、ひたすら露人の敗北を祈ているが、ジュルスやミネソタに於ては日本軍を援助する目的で義勇隊を組織し、ブルックリン市では曾て本国を追放された市長アミノフや銀行頭取ミンチゲム伯爵が率先して同国人に働きかけて日本負傷救護会を設立した。

上村長官の熱誠 二十四日佐世保特派員発電

 上村艦隊が敵艦の捜索を始めると上村司令長官は暴風雨が全身に注ぐのを知らないかのように終日艦橋に立って、あらゆる命令を下した。憤慨の余り、乗組員に対して、ひとたび敵の艦隊を発見し、砲撃できる距離になったならば各艦は全ての砲弾を発射して撃破せよ、本官もまた自ら砲手となって働くことも厭わないと語ったほどであった。その四昼夜の行動中に休息又は睡眠したのは僅かの時間であり、常に艦橋に於いて捜索の任務を遂行していた。しかし作戦が成功しなくて空しく基地に帰る時、長官は残念残念の言葉を繰り返していたそうである。