明治37年6月22日(水曜日)

フィンランド総督遭害 今回不幸にして兇徒の刃に倒れたの当然の結果と言える。

下瀬火薬と米国新聞 この様な猛烈な爆発薬を他の国民は未だに所有していない。

金州戦報と露国皇帝 報告を受けられた時は非常に憂はしげに見受けられた。

フィンランド総督遭害

フィンランド総督が暗殺された。フィンランドが露国の属国となって以来百年の間、殆ど間断なく露国の圧制に苦しめられてきたのは紛れもない事実である。1999年には露国の中央政府によって、立法権の独立が完全に奪い去られてしまった。その後間もなく新徴兵令が施行された。従来フィンランド人はフィンランド軍隊として服役する義務のみがあったのに対し、新徴兵令では一般の露国軍隊として服役する義務があるものとされ、且軍事行政を挙げて露国陸軍大臣の管轄とした。その結果、フィンランド人に、その仇敵の為に血税を納める様な感情を起こさせ、フィンランドに於ける反抗の火の手はますます盛んになってきた。圧制と苛烈さのため最も人望が無かった総督ポブリコフが今回不幸にして兇徒の刃に倒れたの当然の結果と言える。

下瀬火薬と米国新聞

下瀬火薬が猛烈な効力を持っていることは良く知られているがその性質は完全に秘密であり、知ることはできない。この火薬は爆弾を爆発させるために使用する爆発力が極めて激しく、この爆発の際に居合せたる米国海軍士官を驚嘆させた。非常に堅牢な爆弾が僅かな衝撃で無数の鋭利な砕片に寸断させられて、その砕片は猛烈な勢いで空中に飛散する。この様な猛烈な爆発薬を他の国民は未だに所有していない。

欧州でも既に新しい火薬が開発されていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E9%85%B8(ウイキペディアの「ピクリン酸」)

 

金州戦報と露国皇帝(米国新聞による)

露国皇帝は金州及びその付近に於ける戦闘の報告をツアルスコエ、セロ宮殿に於て受けられて、露国が前方には敵の猛烈な砲兵に面し、側面にはまた敵海軍の砲撃を受けて退却の止む無きに至ったとの報告を受けて、時の勢いが我に不利であったと極めて冷静にされていたがしかしフォック将軍が露国の砲兵を救援に向かわせる事が出来ないとの報告を受けられた時は非常に憂はしげに見受けられた。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%B1%B1%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84(ウイキペディアの「南山の戦い」)