明治37年6月18日(土曜日)

佐渡丸遭難始末 敵艦は左舷から一発の魚雷を機関部に発射した

フィンランドの不穏 彼等は総督の専制を攻撃し、出版及び言論の自由を要求した。

佐渡丸遭難始末

十五日午前七時頃、露艦が出現し、その距離は約8千mであった。艦隊は二列に分かれて我が方に進んできて、停船せよの信号を掲揚した。その時常陸丸は佐渡丸の右二哩にいたが敵艦は先ず常陸丸に向かって砲火を開き、続いて本船に十発の砲弾を発射したが幸いにも命中しなかった。本船は停止し、連絡将校〇〇中佐と船長等が敵艦に赴き交渉し、敵艦のマストに一時間の猶予を与えるので非戦闘員はその船を退去せよとの信号を掲げた。その間星野少佐は判任官以上をデッキに集め、私は軍人であるので逃げたり、降参することはできない。しかし諸君は非戦闘員であるので逃げたければ逃げ、捕虜になりたければ捕虜になりなさい。

暫くして敵艦は左舷から一発の魚雷を機関部に発射し、本船の後ろに廻り右舷から同じく一発を機関部に発射した。そのため我が船の機関部は完全に破壊されたが幸いにも前部と後部には浸水しなかったので沈没を免れた。如何なる理由か敵艦は汝を許すと信号して三隻とも北に向かって、濃霧の中に退去した。

フィンランドの不穏 フィンランド内部の情況について獨逸新聞

フィンランドに於いては現在の不法な行政制度に対して不満を抱く者が多く、特に労働者間に於いて甚だしい。彼等は総督の専制を攻撃し、出版及び言論の自由その他の改革を要求した。またヘルシンキやその他の都市に於いて集会を開き、この趣旨が書かれた宣言書を読上げ、また末文には露国内大臣及びフィンランド総督を倒せとの文字があり、同宣言書は大喝采を浴びた。