明治37年6月16日(木曜日)

チベットと英露 ダライラマは、露国から密かに小銃や弾薬の供給を受けた

日本と潜航艇 潜航艇プロテルトル号が密かに日本政府に売り渡された

ダータネルス開放と露帝 獨逸皇帝に、ダータネルス海峡の開放に尽力するよう懇願した

浦監艦隊出づ 沖の島付近に於いて浦監艦隊と思われる三隻の軍艦を見た

我艦隊の逆撃 我艦隊が出動し、露艦を捉え現在交戦中である

チベットと英露 15日北京特派員発

チベットのダライラマは、駐蔵大臣の進言を採用しなくて駐露大臣の甘言に惑わされて露国から密かに小銃や弾薬の供給を受けて英国を排斥する考えをますます固めた。

日本と潜航艇 15日ロンドン ロイター社発

ニューヨーク発の電報によれば潜航艇プロテルトル号が密かに日本政府に売り渡され、現在ノーウエーの一汽船で二人の米国造船技師と共に当地に向かっている途中である。

ダータネルス開放と露帝 十四日ベルリン特派通信員発

ウインナ新聞は露国皇帝が獨逸皇帝に対して、黒海艦隊を通過させる為にダータネルス海峡の開放に尽力するよう懇願した旨を報道した。しかしこれは根拠のない報道である。

浦監(ウラジオ)艦隊出づ

其筋に達した報告によれば筑前国宗像郡の沖の島付近に於いて浦監(ウラジオ)艦隊と思われる三隻の軍艦を見たという情報があった。又翌日午前十時着の情報には長門国の角島付近に於いて砲声を聞いたとあり、その後の情報に依れば壱岐付近に於いても砲声を聞いたとあった。

 

我艦隊の逆撃 十五日佐世保特派員発電

露艦三隻が沖の島付近に現れた際我が商船が航行中であり、露艦から砲撃を受けたけれども何れも無事に逃れ去ることができた。其後間もなく我艦隊が出動し、露艦を捉え現在交戦中である。本日夕方にも愉快な吉報があるであろうと或筋にてはシャンパンの用意をし誰もが吉報を待っている。

*その後ロシア巡洋艦3隻の攻撃による大惨事が617日以降の新聞で報道され始めて、国民は初めてその真相を知ることになった。