明治37年6月15日(水曜日)

財源は他人の懐 露国の重要な財源は唯佛獨の資本家の懐中

旅順の現状 野菜肉類鶏卵はほとんど食べ尽くしたようである。

開戦以来の平壌 二月末になると、日用消耗品の殆どは二倍以上の暴騰を来たしていた。

財源は他人の懐

タイムスの一記者は露国財政の現状を評価して一般に露国財政が無尽蔵であるかのように信じられていることの間違いを指摘し、露国の重要な財源は唯佛獨の資本家の懐中に在るに過ぎないと結論ずけている。

 旅順の現状 

 昨十三日に旅順から到着した人の話によれば、港内にいる軍艦の大小の大砲は全部取外して陸上に揚げ、水師営の奮李家屯方面の砲台へ据付けられた。水兵も上陸して陸上の防禦に従事している。現存の隻数は巡洋艦一隻、戦闘艦一隻、水雷駆逐艦三隻、水雷艇十数隻である。黄金山砲台は日本艦隊の数回の砲撃で非常に破壊され、更に築造したがそれ以来一回も訓練を行っていない。又湾口が閉鎖されているので大型艦の出入が難しいため損傷した軍艦の修理は中止された。食料品は欠乏しており、野菜肉類鶏卵はほとんど食べ尽くしたようである。

開戦以来の平壌

仁川や旅順に於ける海戦と同時に露国の騎兵が安州に現れたとの情報が伝わると平壌地方の韓民は非常に狼狽し、何れも城外の数里はなれた村落に避難した。そのため二月末になると城内の大半は無人となり彼我の商取引は一時全く中断した為、白米、醤油、酒、砂糖、石炭等を始め日用消耗品の殆どは二倍以上の暴騰を来たしていた。三月上旬になり多数の我軍が入城すると再び鎮南浦航路が開かれ、諸々の物品がようやく回漕たれ且つ仁川、京城等の我が軍隊に付属し或いは之を目的に入壌する者が非常に多くて、四月中旬以来物価は大幅に下落して、全て戦争以前と大差が無くなった。