明治37年6月8日(水曜日)

敵艦又沈没67日午後東郷連合艦隊司令長官報告)

旅順

新戦艦鹿島香取

敵艦又沈没67日午後東郷連合艦隊司令長官報告)

 今朝封鎖任務から帰った第四駆逐隊司令長井群吉の報告によれば、一昨日午後七時四十分旅順港外に爆沈した敵艦はグレミヤスチー型で、我が方に向って砲撃しつつ進んで来ていたが、間もなく城頭山の南方約一海里と思われる場所で大爆発を起こし沈没した。その付近にいたガイダマーク型の敵艦も同時にその艦影を見失った。

旅順

旅順では兵士に俸給を与えていないのは勿論であるが、日々のパンも従来三斤であったのを二斤に減らしている。しかし士官は依然として美食をしている為め、非常にこれを恨んでおり、士官を殺して日本に降伏しようとする勢いが日がたつにつれて盛んとなっている。

新戦艦鹿島香取

第三期海軍拡張に伴う二大戦艦の1隻は英国のアームストロング会社に、他の1隻は同国のヴィッカース会社に発注されて、現在共に建造の最中である。前者は鹿島、後者は之を香取と命名された。

鹿島級二新艦が如何に有力であるかは現在の最大艦である三笠と比較すると大体を想像することができる。即ち鹿島級は噸数に於て千二百噸、長さに於いて五十五フィート、幅に於いて二フィート二吋大きく、とりわけ大砲に於いて大きな差があり主砲の口径及び数は同じであるが副砲は三笠に於いて六吋砲十四門でありが鹿島級は十二門の六吋砲の外に四門の十吋砲を有している世界海軍中で副砲として十吋以上の大口径砲を有するのは実に本艦が最初である。そのため本艦は砲の効力に於いては従来の最強戦艦二隻に相当しており、

実に世界最大最強の堅艦と言うことができる。

この戦艦は、19055月就役しているが、英国海軍は同年12月に弩級戦艦と言われるようになった「ドレッドノート」を就役させ、それ以前に建造された戦艦は陳腐なものとなってしまった。