明治37年6月3日(金曜日)

敵の新艦隊現状

バルチック艦隊の出発期

敵の新艦隊現状

 露都新聞によれば、ネバ河の解氷とともに同河口の各造船所において建造された軍艦数隻が、ぞくぞくと艤装のためクロンシュッタト軍港に回航される模様である。

1904年露国年鑑によればその艦種総噸数は以下のとおり

    戦艦   侯爵スウオーロフ   13,516

    戦艦   スラーブア      13,516t

    戦艦   ボロジノ       13,516t

    戦艦   アリヨール      13,516t

    輸送艦  カムチャッカ      7,200t

    巡洋艦  ジエムチューグ     3,000t以内

     同   イズムルート       同

注 当時の日本は、軍艦を建造する能力が無く、日本海海戦を戦った戦艦等は全てイギリス等の外国で建造された。ちなみに連合艦隊旗艦であった戦艦三笠はイギリスで建造され15,140tであった。

バルチック艦隊の出発期

 パリー発刊のエコー、ド、パリー新聞によれば露国皇帝が、バルチック艦隊は来る715日を期して出港できるための準備をするように希望を述べられた。同艦隊の指揮は多分海軍軍令部長ロジェストウエンスキー提督がとることになるであろうと言われている。