明治42年4月の世界情勢

主要記事

期日

日本関係

期日

露清関係

期日

英米関連

期日

独仏その他関連

411

日韓関係論評

41

日本の対清回答 

48

阿剌比亜人膺懲 

41

独逸の外交演説

413

日本人酒販売鑑札問題 

42

露国民論激昂

48

印度革命派暴行

42

墺塞紛争解決

415

酒販売權起訴 

414

米清関係とタフト

49

豪州の海軍熱

42

獨紙の英外相攻撃 

426

練習艦隊歓迎

 

 

411

英独伊の両州合併承認 

43

獨紙の弁護 

427

練習艦隊歓迎 

 

 

413

英兵波斯上陸 

44

塞爾比王位問題

430

練習艦隊消息

 

 

415

米国の絹業増加 

46

佛国官庁の乱脈

 

 

 

 

419

日本艦隊歓迎次第 

410

波斯憲政形勢

 

 

 

 

421

英独製艦競争

413

佛国海軍不備

 

 

 

 

429

英国戦艦建造 

415

土国内閣大臣殺傷

 

 

 

 

 

 

422

青年党君府進撃

 

 

 

 

 

 

423

土帝軍隊妥協

 

 

 

 

 

 

424

アルメニア人虐殺 

 

 

 

 

 

 

425

土帝廃位決議 

 

 

 

 

 

 

426

立憲軍君府占領

 

 

 

 

 

 

427

憲政軍土都占領

 

 

 

 

 

 

429

新土耳其皇帝 

 

 

 

 

 

 

430

波斯国民党大赦 

 

 

 

 

 

 

430

勃牙利独立承認

 

 

 

 

 

 

430

小亜細亜の虐殺

 

 

世界情勢

4月1日

満州問題質問 31日上海経由ロイター社発

英国下院議員ウインストン氏(保守派)は、英国政府は満州に関して清国を助けようとするかと質問したのに対して、外相サー、グレーは、政府が干渉する根拠があるとは認めないと論断した。

日本の対清回答 同上

タイムス北京通信員は、日本が清国外務部に向け、満州問題をヘーグ仲裁裁判所に付する事に同意する事は出来ない旨通知した。

独逸の外交演説 30日ベルリン特約通信社発

独逸宰相ビューロー公は、帝国議会に於いて次の演説を行った。

独逸は海軍の勢力と優勢に関して決して英国と競争する意向を持っていない。その為独逸は、大戦闘艦を建造するについては、法定の期間を無視して短縮する必要はない。法定の海軍拡張案に依れば、独逸は、ただ1912年に於いて13隻の新造戦闘艦を浮揚する準備をしているのみである。(一部抜粋)

 

4月2

墺塞紛争解決 1日タイムス社発

ベルグラード来電―各予備軍隊の解散令が発せられた。又セルビアの解散宣言書がセルビア議会に於いて読み上げられたが、満場沈黙を守った。諸新聞は、英国に感謝すると同時に露国がセルビアを捨てた事を非難している。

ウイーン来電―オーストリア首相エーレンタル男爵は、友愛なる精神を以てセルビアの通告を受領した。

露国民論激昂 同上

露都来電―露国の世論は、諸大臣が独逸宰相ビューロー公と対等の地位に立っていると感じられない事を悲しみ、且つ一般に独逸の目的は、英仏露三国の親交を破る事であると認め、それ故に独逸は全スラブ民族の前で、露国に屈辱を与えようと欲し、開戦を恐喝し、露国政治を支配する当局者を驚愕させようと決心したと観察している。

獨紙の英外相攻撃 1日上海経由ロイター社発

英獨両議会の討論は、痛烈な論争者を生じ始めている。独逸諸新聞は、バルカンに於けるオーストリア、独逸の成功を喜ぶと同時に、英国外相サー、グレーが、一大陸国が大陸の政策を支配しようとする時は、衝突の惹起を避ける事ができない旨宣言した事に対し、独逸はそれに該当しないと説き始めている。

 

43

獨紙の弁護 2日上海経由ロイター社発

アルゲマイネ、ツアイツング紙は、露国がオーストリアの両州併合を承認する意思があると宣言したのは、独逸の圧迫に依るとの説を完全に否認し、独逸はただ列強に対し、この様な誓約を与えるのが望ましい事を提案したのみと説いている。

英国上院と海軍問題 同上

英国上院に於ける反対党党首ランスダウン侯は、ドレッドノート型戦艦8隻の起工に関し、満足な保障が無い事を理由として、予算案否決の動議を提出するであろうとスタンダード紙は報道した。

なおダービ伯は、ハイドに於いて演説し、上院は海事問題について、国民の世論に訴える手段を採る事に躊躇しないであろうと言明した。

日本艦隊歓迎準備 1日紐育特派員発

ワシントン来電―日本艦隊は、近日サンフランシスコに来ようとしているが、この歓迎は緊急な問題である。政府は、十分な歓迎費を有せず、唯小額の歓迎費を有するのみである。日本が昨冬、盛んに米国艦隊を歓迎した事を回顧し、如何に日本艦隊を歓迎すべきかについて、海軍卿メーヤー氏は、頻りに苦心している。

解説:明治411019日 米艦隊の横浜入港の記事があり、同22日大歓迎をする歓迎夕食会等の記事がある。

 

44

塞爾比王位問題 3日タイムス社発

ベルグラード来電―諸新聞が激烈な攻撃をピーター王に加え始めている。事実は、現王家の排斥運動が起こる可能性を示している。外国から王家を迎えるべきとの思想が、広く流布されている。又他には、ジョルジ親王を擁立して、国王をさせようと主張する者もいる。

英国海軍問題と南阿 3日上海経由ロイター社発

ブレトリア来電―トランスバール検事総長は、同州議会に於いて演説し、南アからドレッドノート型戦艦を送る件を提議した者が居るが、我々が英帝国に対する最上の贈与は、我々の一致協力にある。余は欧州戦争が起こる場合には南アは英帝国と一体である様に奮起するであろうと信じると言明した。

 

46

阿剌比亜人暴動 5日タイムス社発

ボンベイ来電―トルコ領アラビアは、悲しむべき状態にある。武装を整えた数千のアラビア人等が反乱を起こし、ティグリス河の汽船を襲撃し始めている。トルコ人は河岸の諸市その他に頼っているが勢力はない。

解説:当時ヨルダンとイラクはトルコ領であった。この事件は文明発祥の地で有名なイラクのティグリス河、ユウフラティス河付近で起こっている。この後映画にもなったアラビアのローレンスの活躍もあり、第1次世界大戦後、イギリスの委任統治領となった。

佛国官庁の乱脈 同上

パリー来電―佛国官庁は、政府の使用人等が同盟罷業の権利を主張する為、事実上無政府状態である。彼等は激烈な集会を開き、破壊的決議案を可決し、過激な感情を表明した。又革命的労働者等は、これら官吏と相和し、労働者の首領連は、一般的同盟罷業を行い、中流社会を破壊しようと運動している。

解説:当時の佛国の官吏は日本の自治労と似ている。第1次世界大戦まで5年、危機が迫っているのにこの情勢である。海軍の司令官は燃料の備蓄が無い事を指摘し、罷免させられている。同様な事が第2次世界大戦でも見られ、1939年に始まる第2次世界大戦の前、1936年共産党が閣外協力をするブルムの人民戦線内閣が誕生し、危機に対応する国の体制が整っていなかった。

 

47

波斯国民党苦境 6日タイムス社発

テヘラン来電―タブリツ市を防衛する国民党の困難は、毎日増加しつつある。或いは飢餓が迫り、或いは虐殺を蒙って多大の死人を出す恐れがある。但し他の地方の国民党は、これに対して冷淡を極めている。

解説:タブリツ市は、現在タブリーズと呼ばれており、イラン立憲革命の中心地であった。

墺塞関係と露獨 6日上海経由ロイター社発

露都に於いて半官的に報道される所に依れば、露国政府が独逸の友好的な提議を入れた為に、オーストリアとセルビアの衝突を避け得たのは事実であるが、独逸は決して露国に対して強圧を与えた事はない。

英保守党と海軍問題 同上

英国保守党の院内両幹事は、議会閉会中、全国的にドレッドノート型戦艦建造に関する一大示威運動を行うであろう旨を言明した。

 

48

阿剌比亜人膺懲 7日タイムス社発

コンスタンチノープル来電―アラビア人等がしばしばチグリス河上に於いて諸汽船を襲撃する為、軍隊及び砲艦がボスラに向かった。

解説:4月6日阿剌比亜人暴動の続報

印度革命派暴行 同上

カルカッタ来電―東ベンガル鉄道に於いては、警備の任務を帯びた警吏を備えているにも拘わらず、爆弾投下事件が依然として起こっている。

英国首相と海軍問題 7日上海経由ロイター社発

英国首相アスキス氏は、若し何れの植民地でも英帝国の海軍軍備について英政府と協議したいと希望するならば、これを直ちに、慎重に検討するであろう。但し政府自らがそれを提案するつもりはないと言明した。

 

4月9日

墺国予備兵解散 8日タイムス社発

ウイーン来電―ボスニア、ヘルチェゴビナ及び南ダルマチアに動員を行っていた予備兵は、キリスト復活際後に解隊する筈である。

豪州の海軍熱 8日上海経由ロイター社発

シドニー来電―前豪州首相ジーキン氏は、豪州は英国海軍が無ければ、安全が確保でいないので、ニュージーランドと上手く協力して、ドレッドノート型戦艦を寄付すべきであると言明した。

墺国海軍拡張 同上

オーストリアは直ちにドレッドノート型戦艦3隻を起工する旨、今回ベルリンに於いて発表された為に、海軍問題に一つの刺激を与えた。

解説:当時のオーストリアはアドリア海に面し、海軍を持っていた。サウンド・オブ・ミュージックのお父さんはトラップ海軍大佐であった。

 

4月10日

波斯憲政形勢 9日タイムス社発

テヘラン来電―ペルシャ王の立場は、少しも弱くなった様には見えない。陸軍司令官は、ペルシャ全国は立憲政治を欲せず、国民党員の主張の如きは、租税を免れようとする口実のみと言明した。

巴奈馬運河工事 同上

ニューヨーク来電―パナマ運河委員会は、先月中の開削は4百万立法ヤードとなった。なお1億4百万立法ヤードが残っているが、3カ年後には運河工事は完了する予定と報告した。

解説:パナマ運河は、5年後の1914年2月開通した。

土耳其の危機 同上

ウイーン来電―コンスタンチノープルに於ける有力な新聞の記者が殺害された件は、大きな悪影響を与え、各方面に於いては、トルコの危機が迫りつつある事を恐れ、列強が絶対に一致する必要があると認識した。

 

4月11日

英独伊の両州合併承認 10日タイムス社発

ウイー来電―英、独、伊三国は、既にべルリン条約25条廃棄に同意する旨を表示し、以てオーストリアのボスニア、ヘルチェゴビナ併合を承認した。露、仏両国は、土曜日を以て同意する予定である。因みに最近オーストリアの軍事的準備は、1日当たり4万ポンドの臨時支出を要したと言われている。

日韓関係論評 同上

ロンドンタイムスは、1907年度朝鮮行政報告について、社説を掲げた。その驚くべき成功を称賛し、多数の日本官吏を雇用し、非常な効果を納めたと事を述べた後、ある点に於いてはインド、エジプトに於ける英国の事業と比較して遜色がないと説き、次に無価値な軍隊の解散が、一見失業兵士の将来を考えなくて断行された観がある事を指摘した。終わりに

我々は繁栄を極める一大日本人社会が朝鮮人と友愛な関係を持して朝鮮に確立する事を喜び、そうでなければ日本人がその人口の故に出口を求める欲望は、一層強まると思われるからであると言明した。

土耳其新聞記者殺害 8日ベルリン特約通信社発

コンスタンチノープルの自由派新聞主筆が殺害されたが、これは青年トルコ党の命令に依るとの説がある。

解説:昨日の記事土耳其の危機の続報である。青年トルコ党は、後に「3月31日事件」と呼ばれる反革命クーデターを鎮圧し、今年憲政政治を復活させている。

 

412

独仏一新紛議 11日上海経由ロイター社発

先に独仏協約の成立を見たのに拘わらず、フエツツ駐在の独逸領事は、独逸商館の為に鉱山採掘の特権を獲得したと諸新聞は報道した。この為獨仏両国の間で更に新たな紛争を惹起しそうな模様である。

巴爾幹問題落着 同上

ロンドンタイムスのウイーン通信員の報道によれば、英伊獨三国は、昨日ベルリン条約第25条の廃棄に同意し、ボスニア、ヘルチェゴビナ両州の併合を承認する予定である。

 

413

日本人酒販売鑑札問題 10日桑港特派員発

日本人酒類販売許可証の発行の件が以前問題となっていたが、この度免許期限が終了した為、再び申請したところ、サンフランシスコ市役所は、口実を設けて許可を与えていない。これは市の規則に「市民若しくは市民となり得るものでなければ、許可証を交付しない」とあるに依る。

佛国海軍不備 12日上海経由ロイター社発

佛国議会委員は、ツーロン港に於いて戦艦及び弾薬工場等を訪問したが、海軍に準備が無く、汽缶は哀れな状態にあり、弾薬も又不十分な事に驚愕した。

解説1914年の第一次世界大戦まで5年の状況である。

英兵波斯上陸 同上

ペルシャのブシールに於いて秩序が乱れ、略奪が行われる為、英国巡洋艦フォックス号より水兵が上陸し、現在同地を警護中である。

 

414

在波斯英人遭難 13日タイムス社発

テヘラン来電―英国の印欧電信測量隊は、ペルシャのベベハンに於いて、アラビア人に襲われ、所有品を皆略奪された。これは1カ月間に於いて英国人が暴行を加えられた3回目となる。

米清関係とタフト 12日紐育特派員発

ワシントンの外交社会に伝わるところに依れば、米清関係の友好は、大統領タフト氏の特に主張するところであり、大いにこの事に努めているのは事実である。タフト氏は、未だ大統領になる以前シンシナテー市に於いて行った演説中にも、もし余が米国の政治を支配するならば、大いに清国の開発に力を尽くし、努めて両国の友好を図るであろうと述べた。故に現政府の方針は、必ず清国との親善に努めるであろうとワシントン通信は報じている。

日本は常に米清関係を邪魔するとの風説を流すものも居る。

 

415

土国内閣大臣殺傷 14日上海経由ロイター社発

トルコに於いて、司法大臣殺害され、海軍大臣負傷し、陸軍大臣は囚われ、その他死者17名、負傷者30名を出した。そして希土戦争当時の司令官であったエドヘムパシャが陸軍大臣に任命された。

トルコ皇帝は、総辞職を裁可し、同時に新内閣の組織を命じ、且つ暴発軍隊を処罰しない旨の勅礼を下院に下し、同院はこれを受けてトルコ帝の万歳を唱えた。

解説:希土戦争は、1897年クレタ島、マケドニアを巡りギリシャとトルコ間の戦争であり、トルコの勝利に終わった。陸軍大臣エドヘムパシャとは、イスマイル・エンヴェル・パシャであり、331日に起こった反革命運動を鎮圧した際に参謀として活躍している。

この事件は、青年トルコ人革命と呼ばれるオスマン帝国で起こった政変である。

米国の絹業増加 13日紐育特派員発

政府に5千万ドルの収入不足があり、その為上院に於いて、下院の決議に修正を加え、その結果として絹物にも増税される事になった。我が羽二重にも多少の打撃を蒙る事になりそうである。尤も今回の税率は、目方の軽い物に対して25セントを課するものである。従って福井の羽二重には少しも影響は無いが、川俣及び加賀等の羽二重には少なからず打撃を受けると思われる。

解説:当時の日本の輸出主力商品は羽二重であった。

酒販売權起訴 13日桑港特派員発

サンフランシスコの日本人酒類販売許可証拒絶事件は、平和的に解決する事が困難であり、邦人営業者は、止むを得ず条約上の権利擁護の為に法廷に起訴しようとしている。

 

416

土耳古の政変 15日タイムス社発

コンスタンチノープル来電―協同進歩期成会に反対する陸軍の運動は、全然守旧主義のものでなく、有識の士であり、同委員会が国家に種々の危難を及ぼすであろうと信じ、これに加入したものが非常に多い。又駐英大使テウフイク、パーシャの新内閣は、諸方面に於いて、ただ臨時応急の性質と認められ始めている。なお最も不幸な事は、今回の事件が軍隊の上に及ぼす結果である。彼等は、学校での将校に対し、極めて敵意ある態度をとりつつある。

解説1909331日事件と呼ばれる反革命事件が起きたが、その記事である。

革命の結果、冷遇される事になった叩き上げの将校や兵士達が反乱を起こし、「統一と進歩委員会」(この記事の協同進歩期成会)に属する多くの議員が逃亡した。やがてこの反革命は鎮圧される事になる。

 

417

豪州海軍と英国 16日タイムス社発

豪州連邦政府は、英国海軍省に向け、豪州の海軍は一朝事ある時は、無制限に英国海軍省の指揮下に入る旨を打電した。

土耳古其漸く静穏 16日上海経由ロイター社発

コンスタンチノープル来電―形勢は再び常態に復し、軍隊は兵営に帰った。但しこの病的暴動の結果は、長く消す事ができないと思われる。

エヴンス提督の演説 15日桑港特派員発

退役海軍少将エヴンス氏は、14日夜当地の公開演説に於いて、海軍拡張の必要を論じ、大西洋、太平洋の両州に第一級戦艦25隻宛てを常備しないならば、平和を維持する事ができないと説き、終わりに昨年日本に於ける米艦大歓迎に報う為、近く来航する予定の日本練習艦隊を歓迎する事を切望した。

解説:当時太平洋岸には、艦隊は存在しなかった。

 

418

土耳古の形勢 16日上海経由ロイター社発

首都は常態に復しつつあり、商人達は、マケドニア兵士進撃の説がある為、多少怯えているが、商況は改善した。ウイーン及びベルリン両公使館付きのエンベル、ペイ及びハッキン、ペイは、サロニカに急行し、人民に対し、憲法維持の運動は、終局の成功を見るであろうと確言した。又首都の進歩期成会派首領連は大概逃亡した。

トルコ帝は、ハセラミクの会場に臨み、衆人喝采の内に、憲法擁護の宣誓を行った。

解説:4月16日の記事の解説にある様に反革命事件で「統一と進歩委員会」(この記事の協同進歩期成会)に属する多くの議員が逃亡した時期である。

 

419

土耳其騒乱後報 18日上海経由ロイター社発

トルコの情勢は、その後変化なし。青年トルコ党は、サロニカに居る軍隊が、一度コンスタンチノープルに入れば、進歩期成委員の勢力を恢復出来ると期待し、待っていると信じられている。しかし一般市民は、ウレマ、イシラ等がサロニカ軍隊に対し、新内閣の政策を援助するよう勧告するのではないかと希望し始めている。兵士達は、青年トルコ党の将校を捜索し、見つけ次第これを殺害している。既に多数の将校が殺されたと信じられる。

解説:兵士達とは、4月16日の解説にある革命の結果、冷遇される事になった叩き上げの将校や兵士達であり、やがて彼等は鎮圧される事になる。

 

日本艦隊歓迎次第 17日桑港特派員発

サンフランシスコ税関長ストラットン氏は、国務、商務両大臣より日本艦隊の停泊中は、十分歓迎し、且つあらゆる便宜を与えるべしとの訓令を受けた。海陸軍軍人も又、それぞれ内訓を受けており、市民歓迎委員と協力し歓迎する予定であるので、非常に盛大になると予想される。

 

420

米国海相演説 19日タイムス社発

ニューヨーク来電―米海軍卿は、ボストンに於いて、米国は太平洋に於いても、大西洋と同様な艦隊を備えなければならないと演説した。

土耳古の形勢 17日ベルリン特約通信社発

首都の情勢は、益々危険となった。首都の近衛旅団の兵士は解隊し始めている。青年トルコ党に属する将校の暗殺は継続している。但し首都の官兵は、反抗の意志が少ないので、多分別に官賊両兵の大衝突を見る様な事は無いと思われる。今や万事サロニカに於ける協議の結果に依る有様である。但しその結果はなお不明である。

 

421

土帝廃位説 19日タイムス社発

コンスタンチノープル来電―トルコ皇帝が廃位されたのではとの風説が盛んに流布している。その廃位を主張する電報が続々と北部から到着し始めている。

英独製艦競争 20日上海経由ロイター社発

英国首相アスキス氏は、グラスゴーに於いて次の演説を行った。

今後数カ月の様子を見て、もしドイツが以前宣言した意図に反して、予定よりも早く建艦事業が行われるならば、英国政府は、直ちにドレッドノート戦艦4隻の建造工事に着手するであろう旨を暗示した。

 

422

青年党君府進撃 21日タイムス社発

コンスタンチノープルは事実上、進歩期成委員会軍隊の包囲するところとなった。一般軍隊の侵入も愈々近づいたと信じられている。サロニカ特報に依れば第三軍団の動員は速やかに進行している。又最近首都に派遣された人員は、既に十万人となっている。

小亜細亜の虐殺 21日上海経由ロイター社発

英国軍艦は、アジアトルコのメルシナに水兵8百名を上陸させた。最近領事発の電報によれば、アダナの市街に於いて2千名が殺害され、その内イスラム教徒が2百名居た。又郡部に於いて5千名殺害された。

解説:アダナノ市街で2千名が殺害された記事が、史上有名な「アダナの虐殺」と思われ、4月13日、1万5千から3万人のアルメニア人がムスリム住人に虐殺されている。

 

423

米国軍艦土耳其行 21日紐育特派員発

米国は、軍艦3隻を土耳其に派遣することになった。これは、米国が自国の宣教師殺害に対し、補償金を要求しようとする準備であろうと言われている。

土帝軍隊妥協 21日桑港特派員発

トルコ皇帝と青年トルコ党の妥協が成立した。この妥協案によれば、帝は位に留まるもののその権力は非常に削減されている。又現内閣は総辞職すると思われ、青年トルコ党は、将来トルコの実質的な支配者となるであろう。協約成立後政府は、付近の軍隊に糧食を供給し、兵営の修復に着手した。

解説:青年トルコ人革命が完成し、スルタンに専制政治を放棄させた。

小亜細亜の虐殺 同上

過去数日間、アダナ及びターサスに於ける非キリスト教徒のキリスト教徒虐殺は、1万人に達した。

解説:昨日の報道の続報である。

練習艦隊歓迎計画 同上

サンフランシスコは、最も盛んに我が練習艦隊を歓迎しようと意気込み、21日にも市長を始め、海軍少将スイーンバーン、陸軍大佐シツフオン、商業会議所会頭マクナブラ諸氏が市長室に集まり、相談中である。多分連合歓迎委員会を組織すると思われる。新聞紙も全て歓迎を奨励し、労働党機関紙の様な排日派すらも、艦隊は盛んに歓迎しなければならないと論じている。

 

424

譲位問題と土帝 23日タイムス社発

コンスタンチノープル来電―トルコ皇帝は、自分が最近の状況について何等関係が無い事を宣言し、且つ調査の結果を待つと言う外、一切譲位の問題を論議する事を拒み、唯静穏に且つ何等異心を差し挟まず、宗教の規定に従い、その行動を執ったのみと言明した。

解説:トルコ帝は、4月19日の記事「土耳其騒乱後報」にある反乱に関与していたとして、やがて廃位される。 

アルメニア人虐殺 23日上海経由ロイター社発

コンスタンチノープルからの報道に依れば、アルメニア人1万人は、シリア諸州に於いて殺害された。又一大使館には、殺害人数が1万5千人との報道が到着した。

解説:4月22日の記事の続報

日本艦隊歓迎 22日桑港特派員発

当地の米国官民は、我が練習艦隊に対し、経費に頓着なく、盛んに歓迎する様準備中である。

停泊中は、陸海軍人クラブを開放して、我が水兵が自由に出入りさせ、連日市の内外にある名所に案内し、6日には大夜会を開き、米国水兵に我が水兵を接待させようと意気込んでいる。

 

425

土帝留位の条件 24日タイムス社発

コンスタンチノープル来電―攻囲軍司令官は、布告を発し、トルコ皇帝を排する企図がある事を完全に否認した。

一般に伝えられている所に依れば、土帝、議会及び軍隊代表者間に妥協が成立し、皇帝はその位に留まる事が出来るが、親衛隊は一切これを廃止する事となった。又攻囲軍の兵数は少なくとも3万であり、大砲70門を備えている。

土帝廃位決議 24日上海経由ロイター社発

サンステファノの仮議会が、トルコ皇帝の廃位、レシャド親王の即位を決議したとの電報が盛んにコンスタンチノープルから到着し始めている。

解説:トルコ帝は、クーデター事件への関与の為に廃位され、弟のメフメト・レシャトが即位している。

426

立憲軍君府占領(戦死1千 皇帝屈服) 24日桑港特派員発

青年トルコ軍と官軍との衝突が、24日午前5時40分に始まり、戦闘は全線に広がり、官軍は頑強に抵抗して、激しく砲火を交えた。そして官軍が至る所で敗れ、立憲軍がコンスタンチノープル全市を占領した。戦死者の数は不明であるが1千を下らない様である。負傷者もほぼ同数と言われている。官軍で捕虜となった者は、数千人以上である。市民は戦闘開始と同時に、避難しようとして大変な混雑となった。午後4時となってトルコ皇帝は、立憲軍に屈服した。

解説:青年トルコ党に依る革命が最終段階となっている。

練習艦隊歓迎 同上

我が練習艦隊の歓迎準備は完成した。1日入港直後に、陸海軍代表者、知事、市長、商業団体代表者が訪問し、歓迎の挨拶を行う。2日は、日本側の園遊会に臨み、市は金門公園音楽堂で音楽会を開く。3日は、商品取引所歓迎会と我が総領事夜会に出席する。4日は、自動車で市内を見学し、正午フレシデン陸軍兵営の歓迎会に、5日は、オークランド市民歓迎会に臨み、同夜は太平洋艦隊将校の案内で、劇場見物に、6日は,サンフランシスコ消防隊演習を見学し、夜会の招待を受ける。7日は、我が艦隊で招待会を開く予定である。この間スタンフォード大学水兵養成所等よりの案内がある。市は停泊中、電気装飾を行う予定であり、市中一般に、非常な賑わいとなると思われる。

解説:明治41年10月19日の記事に米太平洋艦隊の「横浜来航の様子」、同10月22日「晩餐会の様子」の記事があるが、米側は、日本が行った大歓迎に答えようとしている。

 

427

憲政軍土都占領 26日タイムス社発

コンスタンチノープル来電―憲政派(青年トルコ派)の軍隊は、激戦5時間の後、首都及びその付近を占領した。死傷者数は、約4百名、土帝の味方兵士は、タクイム及びタシユキシュラ等の諸兵営に拠り、頑強に抗戦したが、憲政派の軍隊が近距離より大砲を発射して攻撃した結果、遂に降伏した。

露兵波斯進軍 同上

露都来電―露奥銃隊2大滞派、機関砲及び砲兵1隊と共に外人保護の目的を以て、チフリスを出発、タブリッツに向かった。

解説:ペルシャは、北半分はロシアの南半分は英国の勢力下にあり、現在内乱は発生している。

土国の勤皇派捕縛 26日上海経由ロイター社発

コンスタンチノープル府に於いては、罪人捕縛を容易にし、軍事裁判所の審問をし易くする為に、戒厳令を布告した。同時に最近の反乱について責任あるものに対し、各家屋を一々捜索を行い始めている。既に多数が捕縛されている。

解説420日の記事「土耳古の形勢」にある、青年トルコ党将校を暗殺していた兵士の捕縛である。

練習艦隊歓迎 25日桑港等は員発

我が練習艦隊は、25日午前10時、南カルフォルニア州サンペトロに到着し、ブレスコット将軍を始め、同地彼我官民の丁重な歓迎を受けた。停泊期間中、ロスアンゼルス市民は、晩餐会、名所見物等とあらん限りの歓待を行い、昨年の米艦歓迎に報うと共に両国の親交を厚くする様努力していると思われる。

 

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勃牙利内閣総辞職 27日タイムス社発

ウイーン来電―ブルガリア連合内閣は、いよいよ総辞職に決定した。その表面上の理由としているのは、オーストリアが銀行制度の分離に同意しない為と言っているが、実際の理由は、連合内閣が普通選挙を定めなければならないとの誓約を履行する事が出来ない事の様である。

土軍司令官布告 同上

コンスタンチノープル来電―マケドニア軍隊司令官は、軍隊は協同進歩期成委員会と何等の関係もなく、政治問題に関与する事は、将校若しくは兵卒たるの義務と絶対に両立せず、若しこの主義に違反する者が居るならば、厳罰に処するであろう旨を宣言した。

トルコ内閣は、辞表を撤回した。但しその留任は、一に軍隊司令官がこれを便宜としたによる。

佛国の罷業騒動 同上

パリー来電―連合労働組合の煽動家達は、5千の兵士が、その地に居るにも拘わらず、オーズ州のボタン製造の盛大な地方に於いて、重大な同盟罷工を挑発し、既に幾つもの放火、略奪事件が起こっている。

 

4月29日

新土耳其皇帝 28日上海経由ロイター社発

コンスタンチノープル来電―トルコ議会に於ける秘密会議の後、トルコ皇弟メヘメツドレシヤド親王が皇位に就く旨の布告があった。101発の礼砲が発射された。

英国戦艦建造 同上

ポーツマス来電―英国政府は、ドレッドノート型戦艦ネプチュン号の進水時期を早め、且つこれに引続き建造予定の戦艦を数週間早く起工する為、ハムバー河にドレッドノート型戦艦用のドックを建造する協議を始めている。

練習艦隊歓迎 27日桑港特派員発

我が練習艦隊水兵の半数は、ロスアンゼルル市民に招待され、花電車で市街を見物し、将校以上は、同市付近のパサデナに案内された。又今晩はロ市民の大晩餐会があり、明日は、残余の水兵半数を市街見物に案内する予定

米国移民税 27日ベルリン特約通信社発

米国税法の一部修正案では、入国移民に12ドルの人頭税を課する条項がある様である。

 

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波斯国民党大赦 29日上海経由ロイター社発

本社テヘラン通信員の報道によれば、ペルシャ国王は、タブリッツの革命党員に対して大赦を行い、同時に露人の進軍には一切抵抗をしてはならないとの命令を発した。

勃牙利独立承認 同上

列強は、ことごとく公式にブルガリアの独立を承認した。新帝フェルナンドは「ブルガリア人の王」と称せられるであろう。

小亜細亜の虐殺 同上

「デイリーメール」のメルシナ通信によれば、二連隊の兵士は、去る土曜日上陸し、アダナに向かった。虐殺事件が再び起こり、数千のアルメニア人が生きながら焼かれた。アダナ全州の死者数は3万に上った。

解説:アダナのアルメニア人の大虐殺を報じる記事で、422日、24日の記事の続報である。

練習艦隊消息 28日桑港特派員発

27日夜、ロスアンゼルス市民は、司令官以下の我が練習艦隊将校40名を招待し、盛んな晩餐会を開いた。翌28日は、艦隊にて市民の招待会を開いた。29日同地を出発し、1日サンフランシスコに到着する予定