明治38年2月の世界情勢

主要記事

期日 日本関係 期日 露関係 期日 英米関連 期日 その他関連
2月3日 ダルニー改称 2月4日 露国の大改革 2月1日 日英同盟の効果  2月2日 ポーランドの大騒乱
2月4日 露国の嘘 2月5日 ゴルキー放免  2月8日 英国海将の演説 2月18日 独逸海軍拡張案 
2月6日 時局雑感 2月6日 敵帥辞任と獨紙 2月25日 北海事件調査会  2月23日 佛国と東洋属領
2月10日 浦賀船渠会社の同盟罷業事件 2月13日 ウイッテ疑われる     2月25日 佛国海軍拡張 
2月18日 戦地糧食 2月14日 露国騒乱後報     2月25日 露国鉄道罷工 
2月27日 沙河敵報 2月19日 露国御前会議     2月28日 露オーストリア間の交通回復
    2月23日 戦争終結論         
      戒厳令施行        
    2月24日 所謂講和条件        
    2月27日 コーカサス大乱        

世界情勢

明治三十八年二月一日(水)

日英同盟の効果 ロンドンタイムスは日英同盟を確固として維持することの重要性を主張した

ハル事件審問 ハルの漁船員は現場に日本の水雷艇がいたという説を断固として否定した

ポーランド暴行 ワルシャワに於いて暴徒は多数の大商店に入って略奪を行いあまつさえ放火をした

日英同盟の効果 30日ロンドン特約通信員発

遠からず総選挙が行われることを見込んで、ロンドンタイムスは日本との関係について政府に反対する野党の態度を尋ね、日英同盟が英国の世界政策の柱であること並びにこれがあるため戦地の局限に大きな影響を与えていることを述べ、最後に日英同盟を確固として維持することの重要性を主張した。

ハル事件審問 31日上海経由ロンドンルータ社発

北海事件の国際審査会はパリーに於いて今週開会し、審問を受けたハルの漁船員は露艦が砲撃した当夜は現場に日本の水雷艇がいたという説を断固として否定した。

ポーランド暴行 (同上)

土曜日(28日)ポーランド ワルシャワに於いて激しい暴動がおこり、暴徒は多数の大商店に入って略奪を行い、あまつさえ放火をした。そのため方々の騎兵が暴徒に向かって突撃し歩兵は発砲した。英国総領事及び副領事も暴行を受けた。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二日(木)

ポーランドの大騒乱 ワルシャワの市中は騒乱を極め全市が猛烈な暴徒の手中に落ちた

領事の侮辱抗議 英国領事に加えられた襲撃に対して英国政府は抗議を露国に行った

英国抗議の結果 日英両国に関する告示を撤去する命令を発した

またまた密輸船の拿捕 ウラジオに航行中であったオーストリア船を拿捕した

ポーランドの大騒乱 31日ロンドン特約通信員発

ワルシャワの市中は騒乱を極め全市が猛烈な暴徒の手中に落ち、政府は戒厳令を施行した。

リガにおいては数百のデモ参加者は海中に押し戻され数十人が溺死した。

領事の侮辱抗議 同上

ポーランドにおいて英国領事に加えられた無法な襲撃に対して英国政府は強硬な抗議を露国に行った。

英国抗議の結果 同上

先に英国大使が露国に抗議した結果として日英両国に関する告示を撤去する命令を発した。

解説:1月29日の記事にこの告示(日英両国が大規模なストやデモを起させた)に抗議を申し込んだ記事がある。

またまた密輸船の拿捕

昨31日我が軍艦は北海道方面に於いて英国炭を搭載してウラジオに航行中であったオーストリア船「シャム号」(総トン数3千百60トン)を拿捕した。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月三日(金)

戦争反対鼓吹 露国革命党等は色々の説を撒き散らしている

露国内乱死傷者 先月22日露都のデモの時に殺された者96名であった

渾河戦命名 黒溝台付近の会戦と命名する

露帝職工を引見す 本日ツアルスコエセロ離宮において引見した

露国内相辞任 スウイヤトボルク、ミルスキー公はいよいよ辞職する

ダルニー改称 明治38年2月11日以後ダルニーを大連と改称する

2度目の旅順見学 先ず水師営の衛生隊を訪れ、開城談判委員の会見室を写真に取った

戦争反対鼓吹 1日上海経由ロンドン特約通信員発

露国革命党等は国内に於ける戦争反対の気炎を盛んとするため色々の説を撒き散らしている。

露国内乱死傷者 2日上海経由ロンドン特約通信員発

先月22日露都のデモの時に殺された者96名、負傷者333名でありこの内32名が死亡した。またワルシャワにおいて負傷した者は500名から1200名の間であり、概略500名とすればほぼ間違いなし。

渾河戦命名 2月1日大本営着電 満州軍総司令官

1月25日より29日にわたる戦闘を黒溝台付近の会戦と命名する。

露帝職工を引見す 2日上海経由ロンドンルーター社発

露帝は本日ツアルスコエセロ離宮において職工総代を引見した。

露国内相辞任 (同上)

露国内相スウイヤトボルク、ミルスキー公はいよいよ辞職する。

ダルニー改称

明治38年2月11日以後ダルニーを大連と改称する旨満州守備軍からその筋へ報告がされた。

解説:ロシア人が建設した町であるダルニーは、明治38年2月から大連に改名して現在に至っている。

2度目の旅順見学 半井 桃水

16日早朝から旅順に出かけ、先ず水師営の衛生隊を訪れた。旅順陥落の良い記念である重傷者の包帯所、すなわち彼我両大将以下の開城談判委員の会見室を写真に取った。

 

 

東京朝日新聞明治三十八年二月四日(土)

露国の大改革 露国皇帝は遂に露国の大憲章とも称すべき一勅令に署名した

露国の嘘 露国に於ける騒動は英国及び日本の教唆による 

東郷大将発程 東郷大将は6日午後4時30分新橋発の列車で帰任する事が決まった

露国の大改革 3日上海経由ロンドンルーター社発

露国皇帝は去る月曜日(30日)、農務大臣が熱心に奏上した結果遂に露国の大憲章とも称すべき一勅令に署名した。この勅令により

先に改革案調査のために設けられた委員会の総裁である「ウイッテ」に命じて、12月17日の勅令にある改革事項を拡張し、人民は政府と力を合わせて事に当たり、その手段方法は「ウイッテ」の決定にまかす。また1月22日の闘争に倒れた者、その孤児及び負傷して廃疾となった者に養老金を与えるなど平和的方法で秩序の回復を命じた。

その後の大臣会議で、「ウイッテ」は全力を挙げて重きを人民の側に置き、逮捕者の即日釈放、新聞の発行停止の解除、総督トレボフの満州転任又2週間以内の代議院成立が決まった。

露国の嘘

露国新聞ルスキー、インウアリッドは次の記事を掲げている。

露国に於ける騒動は英国及び日本の教唆によるもので、日本政府は革命党及び自由党員並びに職工に12万ルーブルを渡した。パリーにおける日本人は露国において騒動を起した事を公然と誇っている。

解説:この新聞では「嘘」と書かれているが明石元次郎がレーニン等の革命勢力に資金を供給していた。次のホームページ「明石元二郎~帝政ロシアからの解放者」に詳しく書かれている。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog176.html

東郷大将発程

東郷大将は秋山参謀永田副官を従えて、いよいよ6日午後4時30分新橋発の列車で帰任する事が決まった。回顧すれば昨年艦隊を率いて佐世保を出発したのも2月6日であり、1周年のこの日に再び征途に登る。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月五日(日)

ゴルキー放免  暴動中に拘禁された露国文豪マキシム、ゴルキーが釈放された

死傷千6百人 ワルシャワ騒乱で殺された者6百人、負傷した者千人であった

いわゆる大憲章の説 露国が大憲章を発布したという報道は、未だ十分な信憑性が無い

露国大官の更迭 内務大臣に新任されたブリヤンは著名な保守党員である

ゴルキー放免 3日ベルリン特約通信社発

暴動中に拘禁された露国文豪マキシム、ゴルキーが釈放された。

解説:大変有名な革命作家で次のホームページに詳しく書かれていました。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/katuno.htm#m2

死傷千6百人 同上

ワルシャワ騒乱で殺された者6百人、負傷した者千人であった。

いわゆる大憲章の説 3日ロンドン特約通信員発

露国が大憲章を発布したという報道は、未だ十分な信憑性が無い。ウイッテはただ社会及び立法の改革事項について立案する権限を与えられたのみである。

解説:本紙2月4日「露国の大改革」に露国皇帝は露国の大憲章とも称すべき一勅令に署名したと報道されている。

露国大官の更迭 同上

露国司法大臣ムラビエフはローマー大使に、マヌチエンは司法大臣に任命された。内務大臣に新任されたブリヤンは著名な保守党員である。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月六日(月)

敵の大敗承認 クロパトキンは失望のあまり満州軍司令官の地位を去ることを希望している

ドイツ海運業者の不安 近頃日本軍がしきりにドイツ船舶を拿捕することに驚いている

敵帥辞任と獨紙 グリペンベルグ将軍は健康不良の為第2満州軍司令官の職を去った

時局雑感 日露戦争の経費は、第1期で既に支払いが確定しているもののみで57千万円である

敵の大敗承認 4日ロンドン特約通信員発

パリーよりの報道によれば、クロパトキンは失望のあまり満州軍司令官の地位を去ることを希望し、その後任には多分第1軍司令官リニエウイッチがなるとの説がある。

ドイツ海運業者の不安 5日上海経由ロンドンルーター社発

ドイツ海運業者は、戦時禁制品を搭載してウラジオに向かうドイツ船舶の安全に関して非常に心配し、また近頃日本軍がしきりにドイツ船舶を拿捕することに驚いている。

敵帥辞任と獨紙

グリペンベルグ将軍は健康不良の為第2満州軍司令官の職をミロフ将軍に譲ったと露京電報通信社が発表した。これについてベルリン新聞はおよそ軍司令官たるものが戦地に勤務中に健康上の理由で交代することは未だかってない事であると報じている。かかる口実は最後の逃げ道で今回失敗した攻撃運動は、将軍の独断で行ったもので、これに対して責任を取らざるを得なくなったと思われる。

解説:グリペンベルグ将軍は第2軍司令官に着任早々、本国の革命情勢も考え、武功をあせり、その上クロパトキン将軍よりも先輩であり、連戦連敗のクロパトキン将軍をあなどってついに独断で約10万の大軍を率いて出撃した。こうして125日の黒溝台の戦いが始まり、大激戦となったがロシア軍は14千の損害を出して退いた。この後グリペンベルグ将軍はクロパトキン将軍と意見の衝突を引き起こし、腹をたててモスクワに帰ってしまった。

時局雑感

坂谷大蔵次官は次のように述べた。

日露戦争は空前の大事件であり、日清戦争で中央政府の負担額は22千万円であったが今回は第1期で既に支払いが確定しているものは57千万円で更に第2期になると78千万円の予想である。単に経費の上だけで見ても空前の大事件である事は言を待たない。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月七日(火)

ベルギーの同盟罷工 ベルギーの鉱夫は同盟してストを起した

東郷大将出発 一行の馬車が到着すると幾万の群集は潮の湧くように万歳を歓呼した

東郷長官のお礼広告 昨日出発の節は特に御見送りをたまわり萬謝の至りに御座候

ベルギーの同盟罷工 5日ベルリン特約通信社発

ベルギーの鉱夫は同盟してストを起した。

東郷大将出発

連合艦隊司令長官東郷大将は予定通り、昨日午後430分新橋駅を出発した。一行を見送る為に駅付近に集まった市民の数は数万人で、特に橋際より駅前広場は人で埋め尽くされ、各郡、各町村、各団体を表すのぼりが幾百となく風にへんぽんと翻っていた。一行の馬車が到着すると幾万の群集は潮の湧くように万歳を歓呼した。

東郷長官のお礼広告

滞京中は官民諸君の深いご厚情に預かり、且つ昨日出発の節は特に御見送りをたまわり萬謝の至りに御座候 ここに略儀ながら紙上にてお礼申し上げ候  敬具

  東郷平八郎、鈴木重道、秋山眞之、永田泰次郎 

 

東京朝日新聞明治三十八年二月八日(水)

開戦1周年  当日は一般に休業して大神宮において記念祭を行う予定となっている

開戦1周年(タイムス評) 日本は良くその重圧に耐え確実な一歩を築いた

英国海将の演説 北海方面(暗に独逸を指す)は注目する必要があり憂慮している

開戦1周年 7日仁川特派員発

来る9日は昨年の開戦から1周年にあたるため、当日は一般に休業して大神宮において記念祭を行う予定となっている。

開戦1周年(タイムス評) 6日ロンドン特約通信員発

日露開戦1周年にあたり、ロンドンタイムスは両交戦国を比較して次の論評をしている。

日本国民はこの戦争により非常に重大な試練を受けることとなった。しかし日本は良くその重圧に耐え確実な一歩を築いた。日本が必ず最終的には成功を収めることを予想し、疑いなく将来日本は発展することができる。

英国海将の演説 7日上海経由ロンドンルーター社発

英国海軍次官「リー」氏が「フランス及び地中海に対してはさほど注目する必要がないが北海方面(暗に独逸を指す)は注目する必要があり憂慮している」と演説した事に対して独逸がおおいに激昂している。そのため「リー」氏は文書で「余の演説は誤解されており、余の述べたい事は全ての海軍国は万一の敵と見なすと言う事に過ぎない」と釈明した。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月九日(木)

露都貴族上奏 国民が選ぶ代議士の招集を督促する上奏文を20対158の賛成多数で決議した

ポーランド動乱 露国領ポーランド「ツエノイス」に於いて戒厳令が布かれた

同盟罷工(横須賀) 浦賀船渠会社の職工数百名は昨日より同盟罷工を行っている

露都貴族上奏 8日上海経由ロンドンルーター社発

ピータースブルグの貴族は会合を開いて、「国民が選ぶ代議士の招集を督促する」上奏文を投票にかけた所、20対158の賛成多数で決議した。

ポーランド動乱 7日ベルリン特約通信社発

露国領ポーランド「ツエノイス」に於いて戒厳令が布かれた。首都ワルシャワに於いてもまたもや人民と兵士と衝突が発生した。

同盟罷工(横須賀)

浦賀船渠(うらがどっく)会社機械工場の職工数百名は1人につき賃金15銭の増額を要求して、昨日より同盟罷工を行っているが、会社側ではこれを拒否して本日に至っても何ら解決せず混雑を極めている。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十日(金)

開戦1周年 ロンドンに於いては露国の野心が完全に破砕されたという事で一致している

東郷大将と1周年(呉) 午後3時から旅順開戦1周年戦勝記念の祝賀会を開いた

敵帥和せず 「グリツペンベルグ」大将はピータースブルグへ帰る途中で現在イルクーツクに居る 

浦賀船渠会社の同盟罷業事件  終に職工2百30名が辞職願を提出した

開戦1周年 8日ロンドン特約通信員発

開戦1周年に際してロンドンに於ける各新聞の論評は皆露国の野心が完全に破砕されたという事で一致している。

東郷大将と1周年(呉)

東郷大将は今朝某艦に坐乗した。同艦は午後3時から旅順開戦1周年戦勝記念の祝賀会を開き、余興もあり極めて盛会であった。

解説:何故か艦名を伏せているが東郷大将が乗り組んでいたのは戦艦「三笠」であり、「三笠」は呉海軍工廠で修理されていた。

敵帥和せず 9日上海経由ロンドンルーター社発電

満州第2軍司令官「グリツペンベルグ」大将及びその幕僚はピータースブルグへ帰る途中で現在イルクーツクに居る。同大将はクロパトキン将軍を攻撃非難するためこれを窮地に置いて露都に帰ろうとしている。

解説:本紙の明治38年2月6日「敵帥辞任と獨紙」に「グリツペンベルグ」大将が辞任する経緯が書かれている。

浦賀船渠(ウラガドック)会社の同盟罷業事件

浦賀船渠(ウラガドック)は350有余名の工員がいるが、戦局の進捗と共に非常に忙しくなり、会社は新たに50余名の職工を募集する事となった。彼等は緊急にしかも臨時に雇入れるため、技量の如何を問わず従来の職工より3割から5割以上の給料を与えた。そのため従来の職工の不平となり日給30銭以上、伍長以下に対しては15銭の昇給を要求し、会社側がこれを受け入れなかった為終に職工230名が辞職願を提出した。山口所長は目下早崎源吾氏とともに協議中であり間もなく解決し一同も復帰すると思われる。

解説:本紙明治38年2月9日「同盟罷工(横須賀)」の続きで早崎源吾氏はイギリスで建造された戦艦「三笠が」が日本に回航される時の艦長であった。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十一日(土)

露都騒動再燃 1時沈静した同盟罷工がまたもや再燃しようとしている

職工に対する譲歩 同盟罷工を特に労働者の権利とするような寛大な条件がある

ポーランドの騒乱  ポーランドの騒乱は同国における国民運動の性質を帯びつつある

佛国世論の変化 親露派新聞すら現在の露国政府の乱脈な状態を報道している 

露都騒動再燃 9日ロンドン特約通信員発

ピータースブルグに於いては1時沈静した同盟罷工がまたもや再燃しようとしており、又南部ロシアにおいては戦争中止運動が盛んとなった。

職工に対する譲歩 (同上)

大蔵大臣が新たに起案した、労働者の労働条件の改善に関する法案には、従来は犯罪視されていた同盟罷工を、特に労働者の権利とするような寛大な条件があるが、露帝はこれを受け入れ直ちに法律として発布する為大臣会議の委員に交付した。

ポーランドの騒乱 10日ベルリン特約通信社発

露国領であるポーランドの騒乱は同国における国民運動の性質を帯びつつある。

佛国世論の変化 

露国に対する佛国の諸新聞の論調は次第に変化し、特に同盟罷工に関連するこれまでの事件以後その様である。

「ユーマニティー」新聞の様な社会党新聞が公然と佛露同盟を非難するのは言うに及ばず、「ルタン」「プチーパリジアン」の様な穏和派の諸新聞を始め、親露派新聞「エコードパリー」すら最早従来のような控え目な態度を取らず、現在の露国政府の乱脈な状態を報道する電信又は書信を日毎にその紙上へ掲載している。

東京朝日新聞明治三十八年二月十二日(日)

  昨日は紀元節の為本日の新聞は休刊

解説:明治政府は、1873(明治6年)1014日、新たに神武天皇即位日を定め直し、211を紀元節とした(明治6年太政官布告第344号)。

211日という日付は、文部省天文局が算出し、暦学者の塚本明毅が審査して決定した。その具体的な計算方法は明らかにされていないが、当時の説明では「干支に相より簡法相立て」としている。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十三日(月)

講和希望の示威 オデッサ及びセバストポールの地域で講和を要求するデモが起こる恐れがある

ウイッテ疑われる 内務大臣の命令で「ウイッテ」の邸宅の家宅捜索が行われた

露国騒乱 特に来る日曜日には激しい暴動が予想される

密輸船又拿捕 独逸汽船パロス号は去る10日我が軍艦によって拿捕された 

運送船の準備 3隻の予定であったが「ネボガートフ」少将がの切望でさらに1隻を雇入れた

給水船と曳船 北海汽船より給水船1隻、独逸の会社より汽船1隻を購入した

講和希望の示威 10日ロンドン特約通信員発

オデッサ及びセバストポールの地域で、講和を要求するデモが起こる恐れがあるため、ステッセル将軍はこれらの諸港に入港する事を避け、黒海の小さな港に上陸するものと思われる。

ウイッテ疑われる 11日ロンドン特約通信員発

露国官吏及び内務大臣の命令で、大臣委員会議長「ウイッテ」の邸宅の家宅捜索が行われた。これは、明らかに「ウイッテ」は改革党を支援して専制政治に対する陰謀を企てていると見られている事を示している。

解説:ウイッテは、ロシアの良心と言える存在であるが、極東進出に反対し、この時点では政界から遠ざけられていた。日露講和会議となって本格的にロシア政界に復帰する。本紙2月4日「いわゆる大憲章の説」に関連記事がある。

露国騒乱 11日ベルリン特約通信社発

セントピータスブルグ及び各州郡に於いて新たに同盟罷工や暴動が発生した。特に来る日曜日には激しい暴動が予想される。

密輸船又拿捕

独逸汽船パロス号(総トン数2千3百98トン)は軍需品をウラジオ港に輸送中、北海方面(北海道近海)において去る10日我が軍艦によって拿捕された。

運送船の準備

石炭補給の為運送船2隻を露国東亜会社より、1隻を露国バルチック会社より雇入れた。最初はこの3隻の予定であったが「ネボガートフ」少将が給炭船の増加を切望したので、北海汽船より汽船1隻を雇入れた。

回航に必要な炭量を2万4千トンないし2万7千トンと見積もる。

給水船と曳船

北海汽船より給水船1隻を雇入れたが、一昼夜に100トンの蒸留水を得ることができる。曳船その他雑役に使用するため独逸の会社より汽船1隻を購入した。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十四日(火)

バルチック艦隊消息 独逸石炭船は同港以東に航海する事を希望していない

露国騒乱後報 ロッズに於いて軍隊がデモ隊を鎮圧した際には百名以上の死傷者を出した

鉄工業者の請願 鉄工場の経営者は職工の待遇を向上させる請願書をウイッテ氏に提出した

バルチック艦隊消息 2月10日付ポート、ルイス発ルーター電報

2月2日にノシベを出発して本日到着した者の情報によれば、バルチック艦隊は去る2日はなお同港に在泊していた。ロゼストウインスキー提督と独逸石炭船との間に話し合いがつかず、独逸石炭船は同港以東に航海する事を希望していない。

露国騒乱後報 (その筋着電)

2月10日ロッズに於いて、軍隊がデモ隊を鎮圧した際には百名以上の死傷者を出した。

又9日トスノウインスに於いて労働者がデモを行い、軍隊が彼らに向かって発砲し百名以上の死傷者を生じた。

セントピータスブルグに於いても数千名の職工は再びストを行ったが、その主な要求は1日の就業時間を8時間に短縮しようとする事である。

鉄工業者の請願 13日ロンドン特約通信員発

露国の鉄工場の経営者は職工の待遇を向上させ、法律上如何なる人民も同一視して、雇用者も職工も希望する時は仕事を休み、言論と新聞の自由を許し、国民の義務教育を要求する旨の請願書をウイッテ氏に提出した。

解説213日「ウイッテ疑われる」にウイッテ氏の解説をしている。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十五日(水)

露国の内情 セントピータースブルグの騒乱は鎮圧されつつあるが地方の状況は行政が紛糾している

露本国の絶望 黒溝台の戦闘以後、顕著になった事は絶望的な状況を公言するようになった

東郷大将再出征(呉) 東郷大将は本朝出発する

露国の内情 13日ロンドン特約通信員発

セントピータースブルグの騒乱は鎮圧されつつあるが地方の状況はこれに反して行政が紛糾して混乱している有様を呈して人民皆沸騰を加えつつある。

露本国の絶望 同上

ロンドンタイムス露国通信員の報道によれば、露国人はこれまで戦局に対する所見を発表する事を避けていたが、黒溝台の戦闘以後顕著になった事は、絶望的な状況を公言するようになった事である。

東郷大将再出征(呉)

東郷大将は本朝出発する。有馬長官以下多くの見送り人が予想される。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十六日(木)

給炭船とオランダ官吏 オランダ国官吏はバタビアに行き、貨物を陸揚げして売却するように命令した。

ポーランド沈静 露国領のポーランド「ロッズ」の情勢はやや有望となっている

英船拿捕(函館) ウラジオに航行の途中昨夜拿捕された

給炭船とオランダ官吏 15日ロンドン特約通信員発

独逸の石炭船バルガリア、英国石炭船サンディー、フォードはスマトラの南岸ハチホン湾に到着したがオランダ国官吏は彼らにバタビアに行き、貨物を陸揚げして売却するように命令した。

ポーランド沈静 15日上海経由ロンドンルーター社発

露国領のポーランド「ロッズ」の情勢はやや有望となっている。各製造工場の職工は多くその業に復帰した。

英船拿捕(函館)

英国汽船スコーツマン号は米を満載してウラジオに航行の途中昨夜拿捕された。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十七日(金)

英国外相演説 日露戦争に対し早く干渉すると一層悪い結果をもたらすとこれを否認した

東郷大将(佐世保) 東郷大将は明日来着する予定である

英国外相演説 16日上海経由ロンドンルーター社発

英国外務大臣ランスダウン侯はその演説の中で、日露戦争に対し早く干渉すると一層悪い結果をもたらすとこれを否認したが、しかし時機が一度来たならば政府は何時でも喜んで本件の処理に関係することは言うまでもないと述べた。

東郷大将(佐世保)

東郷大将は明日来着し、同夜鮫島長官は大将一行及び滞在中の三須中将を官邸に招待し、晩餐会を開く予定である。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十八日(土)

独逸海軍拡張案 海軍大臣テルピッツ提督は新海軍拡張案を提出する予定

ダルニー市 全ての建築物と鉄道等を合計するとおよそ58百万ルーブルも費やしている

戦地糧食 幸い満州の地は牧畜業が盛んであり鮮肉の供給は殆ど無限である

広告から 御菓子司:「三笠山」 12

独逸海軍拡張案 17日ベルリン特約通信社発

独逸海軍大臣テルピッツ提督は帝国議会予算委員会において新海軍拡張案を明年の1906年に提出する予定であると言明した。

解説1896年当時の独逸の戦艦保有数は日本と同じ6隻程度で世界第6位であった。海軍大臣テルピッツは独逸を英国、佛に次ぐ第3位にしようとし1902年には戦艦の数では英国、55隻、仏30隻、獨30隻となった。

ダルニー市(某海軍将校談)

全ての建築物と鉄道の大連湾支線等を合計するとそのためのお金は莫大なものでおよそ58百万ルーブルも費やしている。もしこれだけの金額を直接軍事に利用したならば一方では露国全陸軍の防禦を改築するにも足りるし、又旅順の砲台に遠距離の砲をすえつけることも出来た。

解説:明治3823日「ダルニー改称」の記事にあるように、ダルニーとは現在の大連である。

戦地糧食

精米、道明寺糒(どうみょうじほしい)、挽割麦(ひきわりむぎ)、軍用ビスケット、乾燥野菜、生野菜、漬物、缶詰肉類等の糧食は内地より輸送されているが牛、豚、鳥肉、生野菜、青漬は現地で土民から購買する。幸い満州の地は牧畜業が盛んであり鮮肉の供給は殆ど無限である。

広告から

御菓子司:「三笠山」 12銭 日本橋区通旅籠町 梅花亭森田

春季用流行帽子:新着入荷 1個 80銭から6円まで 東京新橋 大徳頑固商店

解説1銭が百円程度と思われる。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月十九日(日)

露都主戦党動揺 露軍は大敗北をする可能性があり、講和の要求がようやく盛んになろうとしている

露国御前会議 全ての大臣並びにウイッテ氏をザルスコエセロ宮殿に招集した

モスコー王宮爆発 クレムリン宮殿内に爆発が起こった

暗殺続報 セルジ、アレキサンドロウエチ大公が殺害された事が確かめられた

露都主戦党動揺 17日ロンドン特約通信員発

露都の主戦党は動揺している。満州軍の報告するところによればクロパトキンは大山軍の進撃を防ぎ得る見込みがなく、従って露軍は大敗北をする可能性があるとの危惧の念が広まり、講和の要求がようやく盛んになろうとしている。

露国御前会議 18日ロンドン特約通信員発

露帝は、現在の大臣会議を責任ある顧問団として、定期的に会合させるのが得策であるかどうかを決める為、自ら議長となって会議を催す予定であり、全ての大臣並びにウイッテ氏をザルスコエセロ宮殿に招集した。

モスコー王宮爆発 18日ベルリン特約通信員発

モスコーよりの報道によればクレムリン宮殿内に爆発が起こった。また風説によればセルジ大公が殺された。

暗殺続報 同上

モスコーよりの報道により、露帝の叔父でモスコー総督であるセルジ、アレキサンドロウエチ大公が殺害された事が確かめられた。大公が市中に馬車を走らせている時、1人のテロリストが大公に爆弾を投げつけた。テロリストは直ちに逮捕された。市民は学生に対して示威運動を行いつつある。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十日

清国主権侵害 露兵2百名余が電信局に踏み込み直ちに書類を捜索し一人の局員を捕縛した

恐怖時代来る 至る所で激しいデモが起こり、コーカサス地方の叛乱はますます激しくなっている

露都再不穏 ピータースブルグにおいて同盟罷工が再び広がりつつある 

清国主権侵害 19日上海特派員発

昨日報道したように露兵が奉天電信局員を捕縛したのは12日の出来事であった。露兵2百名余が電信局に踏み込み直ちに書類を捜索し一人の局員を捕縛した。これについて袁世凱(えんせいがい)は清国の主権を侵害していると露公使に抗議を行った。

恐怖時代来る 18日ロンドン特約通信社発

セルジ大公の暗殺事件があってから露国に於いては恐怖の時代が始まった。至る所で激しいデモが起こり、コーカサス地方の叛乱はますます激しくなり、このため満州軍に対する糧食の供給は殆ど絶えようとしており、クロパトキン将軍に向かって救援隊を派遣しようとしても不可能となっている。

露都再不穏 19日上海経由ロンドンルーター社発

ピータースブルグにおいて同盟罷工が再び広がりつつあり、罷工に加われるもの既に3万人に及び、極めて危険な情勢である。軍隊は前回の騒動と同様に工場付近に再び配置され、警察官は度々家宅捜索を行い、首謀者を捕縛している。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十一日

英船2隻拿捕 英船シルビヤナ号と英船ハウダーハム号は我が軍艦により拿捕された。 

豪州連邦と日本 豪州の移民に関する制限を改正して日本人に入国を許可する意見である

日本一の巨船成る(長崎) アメリカ航路の丹後丸は来月中旬に試運転を行う予定である

台湾蛮族(台北) 内地人男8名女4名土人2名を殺し、首を取り小屋を焼き外1名負傷した

英船2隻拿捕 

英船シルビヤナ号(4千百87トン)は英炭6千5百トンを搭載してウラジオに航行の途中、19日正午我が軍艦により拿捕され、又同じく英船ハウダーハム号(3千19トン)も英炭4千トンを搭載してウラジオに航行の途中、19日夜我が軍艦により拿捕された。

豪州連邦と日本

豪州連邦会議に於けるブールス、スミス氏の動議は日英両国が共に多とする所である。スミス氏は豪州の移民に関する制限を改正して、日本人に入国を許可する意見である。その理由は日本の文明と進歩は世界の大国に十分肩を並べていると認められ、大国としての権利を同国に付与するというものである。

日本一の巨船成る(長崎)

三菱造船所において建造中であった郵船会社アメリカ航路の丹後丸は、来月中旬に試運転を行う予定である。

台湾蛮族(台北

本朝未明、台北電気灯会社発電所の作業員小屋に現地の土人多数が来襲し、内地人男8名、女4名、土人2名を殺し、首を取り小屋を焼き外1名負傷した。

解説:日本は日清講和条約によって明治28年(1895年)に台湾を領有している。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十二日

民間の不平不満 西南方の諸鉄道はスト参加者の活動によって運転に支障をきたしている

満州軍に及ぶ 革命的運動がゆっくりと満州軍内に浸透しつつある

戦争終結論 政府及び皇室の真の利益を考えるならば、早く戦争を終結させる必要がある

グリペンベルグ 露帝によって歓迎された

敵帥危うし クロパトキンの地位を覆そうとする運動が各く方面において行われている

圧制更に加わる 露都発刊の3新聞は遂に3ヶ月の発行停止を命じられた

民間の不平不満 20日ロンドン特約通信員発

露国に於いては民間の不平不満の気持ちがいよいよ激しくなりつつある。

西南方の諸鉄道はスト参加者の活動によって運転に支障をきたしている。

政府が計画している改革案はいたづらに民間一般の嘲笑や嘲りを持って迎えられたのみである。

満州軍に及ぶ (同上)

露人側の報道によれば革命的運動がゆっくりと満州軍内に浸透しつつある。

戦争終結論 21日上海経由ロンドンルーター社発

ロンドンテレグラフに達したセントピータスブルグ報道によれば、目下露国高官の間に勢力を増しつつある議論は、政府及び皇室の真の利益を考えるならば、できる限り早く戦争を終結させる必要があるという事である。

グリペンベルグ (同上)

前第2軍司令官グリペンベルグは露帝によって歓迎された。

解説:本紙2月6日「敵帥辞任と獨紙」にグリペンベルグ将軍が辞職した経緯について書かれている。

敵帥危うし (同上)

クロパトキンの地位を覆そうとする運動が各方面において行われている。

圧制更に加わる 21日ロンドン特約通信員発

露都発刊のナシドニー、ナッサ、シズンの3新聞は3回警告を受け遂に3ヶ月の発行停止を命じられた。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十三日

露国の国会 露国は国会を召集する事に決定した

佛国と東洋属領  佛国の議会で日本の勃興に対するインドシナ防衛策が議論された

講和の希望 露国の高官達は講和を希望するも露帝は今尚戦争の継続を望む

露国の内乱

・鉄道工夫同盟罷工

・学生露帝の肖像を砕く

・戒厳令施行

露国の国会 22日上海経由ロンドンルーター社発

露国は国会を召集する事に決定したがその期日は詔勅で発表されるが多分3月4日頃になるものと思われる。

佛国と東洋属領 (同上)

佛国の議会での海軍予算の審議において、数人の発言者は熱心に日本の勃興に対するインドシナの防衛策を追加する必要があると述べた。

講和の希望 22日ベルリン特約通信社発

露国の高官達はますます講和を希望する気持ちが高くなっているが、但し露帝は今尚戦争の継続を望み、セルジ大公の暗殺のために少しもその信念を曲げる事は無いと言われている。

露国の内乱(其の筋着ルーター)

・鉄道工夫同盟罷工

キエフに於いては露国西南鉄道の職員が2月20日にストを行った。

学生露帝の肖像を砕く

 2月20日露京において学生は大学で学生集会行い、憲法を要求し、先月の虐殺を非難して、又露帝の肖像を微塵に砕き、且つその決議を以って政府の罪を問い、職工等を「自由」の同盟者として歓迎し、政府の虐殺に対する防禦として国民軍を組織せん事を提議し、併せて同盟罷工を継続する事を決議した。

戒厳令施行

多数の脅迫文書が露国宮廷に到着した結果として、ツアールスコエ、セロに於いては戒厳令を施行し、又警察探偵部長は皇族防御のため特に警戒を厳重にするよう訓令した。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十四日

所謂講和条件 露帝は講和を認める条件を実際に確定した

露国騒乱 露国鉄道職員の同盟罷工は広がりつつある。

大学生の決議 露京において学生3千名は2月20日集会を行い、要求を決議した 

所謂講和条件 22日上海経由ロンドンルーター社発

ピータースブルグ発ルーター電報によれば、その筋より否定されたにも拘わらず最も事情に精通した方面に伝えられる所によれば、露帝は講和を認める条件を実際に確定した。

即ち朝鮮に於ける日本の宗主権を認め、遼東を日本に譲渡し、ウラジオ港を開放し、東清鉄道を中立列国の共同経営とし、ハルピン以南の満州を清国に返還する。一つ困難な問題は償金問題で、日本はこれに対して大いに要求すると思われる。

露国騒乱 23日ベルリン特約通信社発

露国鉄道職員の同盟罷工は広がりつつあり、騒乱は農民にまで伝播しようとしている。

大学生の決議

露京において大学教授及び学生3千名は2月20日集会を行い、次の要求を決議した。

(1)普通選挙に基づく国会の召集、言論の自由及び出版の自由等

(2)政治上及び宗教上の罪人を赦免すること

(3)各民族に同一の民権を与える事

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十五日

北海事件調査会 英国の諸新聞は北海事件調査会の結果について驚愕と失望を示した

露国鉄道罷工 鉄道員のストのためポーランドと独逸~オーストリー間の交通は停止している。

佛国海軍拡張 インドシナに2ヶ所の鎮守府を設け又サイゴンに第2ドックを建造する

露国政府の打消し 露国政府は講和に関する一切の風説は全く無根であると声明した 

北海事件調査会 23日上海経由ロンドンルーター社発

英国の諸新聞は、一般に北海事件調査会の結果について驚愕と失望を示した。同会はその時水雷艇が居たかどうかについて全く調査し追及せず、ロジェストウェンスキー提督には、艦隊が危険に瀕したと信じ、発砲させたように行動する権能があるものと宣言した。これに対する処分として露国政府から遭難者に対する賠償の約束を取れるのみ。

解説:本紙明治37年10月23日、25日等にこの事件に関する詳細な記事がある。

露国鉄道罷工 (同上)

鉄道員のストのためポーランドと独逸~オーストリー間の交通は停止している。ワルシャワに於けるウオント鉄道の起点は軍隊が占領している。

佛国海軍拡張 (同上)

佛国海軍大臣は、代議院において近く提出予定の海軍拡張案の概要を発表した。これによると大型軍艦24隻を建造し、インドシナに2ヶ所の鎮守府を設け又サイゴンに第2ドックを建造する。

解説:本紙2月23日の記事「佛国と東洋属領」に佛国の議会で日本の勃興に対するインドシナの防衛策について議論が行われている。

露国政府の打消し 23日ベルリン特約通信社発

露国政府は講和に関する一切の風説は全く無根であると声明した。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十六日

露国国会と和戦 露国皇帝は国民議会を招集し和戦の決を代議員に委ねる事に決定した

同盟罷工の東漸 露国国内の動乱は依然重大であり鉄道工夫の間に蔓延している 

独逸船拿捕 独逸汽船セベルス号はウラジオに航行の途中24日わが軍艦のために拿捕された

ポーランド危し ピータスブルグとワルシャワ間の輸送は今やストのため断絶させられている 

敗将の兵談 過般の攻撃運動は全くクロパトキン軍総司令部の計画したものである

露国国会と和戦 24日ロンドン特約通信員発

露国皇帝は国民議会を招集し、和戦の決を代議員に委ねる事に決定した。但しその結果もし講和する事に決まれば、政府は必ず露国にとって好都合な条件の下にこれを行う事を主張すると思われる。もしこの条件を国民が反対するのであれば、政府は戦争を終局点まで継続する事を主張するであろう。

同盟罷工の東漸 (同上)

露国国内の動乱は依然重大であり、鉄道工夫の間に蔓延している。そして既にシベリア鉄道にまで及んでいる。

独逸船拿捕

独逸汽船セベルス号(3千3百7トン)は英炭を搭載してウラジオに航行の途中、24日わが軍艦のために拿捕された。

ポーランド危し 25日上海経由ロンドンルーター社発

ピータスブルグとワルシャワ間の輸送は今やストのため断絶させられている。各種の危険分子が激しく活動中のワルシャワ市は全く孤立状態となり、この地方の警察官も今やストに加わろうとしている。軍隊はガス工場を占領している。

敗将の兵談

グリツペンベルグ将軍はルス新聞の記者との会談で次のように明言した。

過般の攻撃運動は全くクロパトキン軍総司令部の計画したものであり、敵がその左翼で攻勢を取ろうとしていたので我は敵の機制を制するため攻勢に出た。また余の攻勢は第3軍及びもし可能であれば第1軍からも応援を受ける予定であったと。

解説:本紙2月6日、同じく10日に関連記事がある。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十七日

露国鉄道 東部シベリア全部及びコーカサス地方は露本国との鉄道交通を断絶してしまった

沙河敵報 日本軍は24日攻撃を再開し、今度は露軍が終に退却せざるを得なくなった

独逸船拿捕 独逸汽船ロシュラズ号はウラジオに航行中25日我が軍艦によって拿捕された 

コーカサス大乱 コーカサス地方は挙げて無政府の状態に陥っている

露国鉄道  26日上海経由ロンドンルーター社発

露都諸新聞の報道によれば東部シベリア全部及びコーカサス地方は事実上露本国との鉄道交通を断絶してしまった。

沙河敵報 26日上海経由ロンドンルーター社発

セントピータスブルグに到達した諸報道によれば2月23日の夜、日本軍はベルネガツ丘に攻撃してきたが露軍のために撃退された。24日攻撃を再開し、今度は露軍が終に退却せざるを得なくなった。

目下全線に戦闘が行われつつあり、但し勝敗は未だに決まっていない。

解説:奉天の大会戦が始まっている。新たに編成された鴨緑河軍(第11師団と後備第1師団で編成)が奉天西方で行動を開始し25日清河城を占領、引き続き兵を進めた。

独逸船拿捕

独逸汽船ロシュラズ号(2千6百40トン)は英炭3千5百トンを搭載してウラジオに航行中25日我が軍艦によって拿捕された。

コーカサス大乱 26日上海経由ロンドンルーター社発

コーカサス地方は挙げて無政府の状態に陥っている。その運動は、外見上は一般的なストに過ぎないように見えるが実際は半革命的であり、露都の某秘密団体より指揮、指導されつつあり、加えて極めて激しい民族問題の闘争があり、恐るべき惨状を呈している。

 

東京朝日新聞明治三十八年二月二十八日

講話否定の宣言 露国が講和のための行動を取った事はないとの声明書を提出した 

敵軍動く 沙河の敵軍が砲弾を乱射して、小部隊の襲撃を度々行う

露オーストリア間の交通回復 罷工者の要求は政府に於いて之を認可し交通は再び開かれた

コーカサス暴動続報 上流階級の人々は次々とその地を逃げ去っている

北海事件の決定書 この決定書は何処までも同提督の責任を論じている

講話否定の宣言 26日ベルリン特約通信社発

各国駐在の露国代表者は、露国が講和のため何らかの行動を取った事はないとの声明書を提出した。

敵軍動く 

沙河の敵軍が黒溝台(こくこうだい)の敗戦後砲弾を乱射して、小部隊の襲撃を度々行い、その後重砲をも乱射するようになったのは我軍の状況を知る為の偵察行動と考えられる。そのため我軍はすぐには応射しなくて前進行動も取らない為近頃全線にわたって少し動揺が見られる。

露オーストリア間の交通回復 27日上海経由ロンドン特約通信員発

ポーランドのワルシャワとオーストリーのウエスナ間の鉄道に対する罷工者の要求は政府に於いて之を認可し交通は再び開かれた。

コーカサス暴動続報 (同上)

バクーにおける暴徒は、男女を生き埋めとし、死体を侮辱する等残虐を極めるため、上流階級の人々は次々とその地を逃げ去っている。暴徒の武装はコーカサス全体に広がりつつある。

北海事件の決定書

北海事件の決定書は昨日午後外務省に到着し、本日発表される事になっているが、先にルーター社の伝えるところによれば、その内容はロジェストウェンスキー提督の処置を至当であるとしている。しかしこの決定書はそうではなく何処までも同提督の責任を論じ、まったく不当な処置であったという意味を含んでいるようである。