明治37年7月の世界情勢

主要記事

期日 日本関係 期日 露国関係 期日 英米関連 期日 その他関連
7月3日 煙草官業法の実施 7月1日 浦潮艦隊 7月14日 駐露米大使冷遇される 7月14日 チリー海軍軍艦の売却問題
7月6日 満州軍司令部出発   至誠敵を動かす 7月19日 ダムダム弾の審査 7月17日 雲南鉄道と支那人夫
7月11日 海戦以来7月9日に至る主要戦闘における海軍の死傷数 7月4日 露国経済界の打撃 7月21日 東郷大統領と東郷駅 7月20日 墺国大学生と日本戦勝
7月12日 車夫の賃金及び車夫希望者の増加 7月15日 露国と革命 7月25日 米国大統領の同情 7月25日 南米諸国の同情
7月13日 時局と貧民の生活 7月25日 1隻撃沈1隻焼沈 7月27日 米国に於ける金子男爵の気迫  7月28日 横浜停泊のチリー軍艦
7月22日 旅順方面     7月28日 日米貿易の障害    
7月24日 航行禁止と米の欠乏     7月31日 露相暗殺と英国新聞    
7月25日 英船撃沈される            
7月28日 上半期の銀行の成績            
7月29日 大石橋占領詳報            
7月30日 26,7日の旅順            

世界情勢

明治37年7月

東京朝日新聞明治三十七年七月一日(金)

浦潮艦隊 露国の水雷艇五隻が元山港に突入し、六時から日本居留地を砲撃した

日本海軍万歳 ニューヨーク市において、米国亜細亜協会の晩餐会が開かれた

至誠敵を動かす 日本軍の病院に於いて、負傷した露兵に対する待遇が良好なことに原因

浦潮艦隊 三十日京城特派員発電

本日午前5時半、露国の水雷艇五隻が元山港に突入し、沖合には三隻の敵艦がいた。六時から日本居留地を砲撃し、元山と京城間の電信が不通となっている。

又元山守備隊の報告によると、今朝敵艦三隻、水雷艇若干が元山沖に現れ、その内の水雷艇四隻が元山港内に侵入し、同港内にいた小蒸気一隻を撃沈し、帆前船一隻を焼き、午前六時頃から約30分間居留地を砲撃し、直後に港外に退去した。敵の発射した弾丸は約180発であり、居留地に多少の損害を与えた。

日本海軍万歳 

61日ニューヨーク市において、清国の傳倫貝子を迎えて、米国亜細亜協会の晩餐会が開かれた。主客ともども日本海軍の成功を祝す声が非常に多く、そのため祝杯を挙た時は歓呼の声が会場を動かすばかりであった。当夜の主人役であるジョン、フールド氏は先ず立って、私は厳正中立を守るべきことを知っているが、それでも尚日本海軍の為に一言云わせていただきたい。諸君と共に同国海軍の為に祝杯を挙げよう。

至誠敵を動かす

遼陽発の半官電報によればクロパトキンは諸軍に次の命令をした。日本兵の戦死者及び捕虜を遇する場合には、勇敢な敵に対する敬意を以て遇し、その負傷兵を看護する場合には、露兵を看護すると同じ様に看護せよ。そして本電の付言する所によればこれは疑いもなく、日本軍の病院に於いて、負傷した露兵に対する待遇が良好な事に原因がある、とピータースブルグ発の電報に書かれていた。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月二日(土)

チベット遠征隊戦報 チベット人の保塁を占領するため攻撃を開始し、激戦となった

水論の竹槍蓆旗 旱魃のため、結城郡の方では、絹村へ通じている水門を閉じてしまった

露国の対佛要求 バルチック艦隊が東航する途上で、石炭の供給を得ることを申し入れた

敵方の旅順情報 旅順の石炭は8ヶ月間支えることができるが、但し衣類は欠乏している

広告 煙草専売局 敷島8銭、大和7銭、朝日6銭、山桜5

チベット遠征隊戦報 一日ロンドン路通社発

チベット遠征隊司令官マクドナルド将軍は628日チベット人の保塁を占領するため攻撃を開始し、激戦となった。チベット人の損害は大きかったが英軍でもクラスター大尉が戦死し、2名の士官及び五人のセボイ兵が負傷した。

水論の竹槍蓆旗(宇都宮)

下都賀郡絹村と茨城県結城郡とは共に鬼怒川を利用して田植えをしているが、昨年からの旱魃のため水不足となったので、結城郡の方では、絹村へ通じている水門を閉じてしまった。そのため絹村ではこれを開けようとし、一方はこれを防ごうと双方百数名の者が竹槍や鉄砲を携えて水源地に集まり、形勢が切迫している。下都賀郡長は結城郡役所へ急いで向かった。

露国の対佛要求 30日ロンドン特約通信員発電

露国は佛国に、バルチック艦隊が東航する途上で同国の領地にある港湾に於て石炭の供給を得ることを申し入れたとの情報がある。

敵方の旅順情報 1日上海特派員発電

上海マーキュリー新聞に次の様な記事があった。露人の談話によれば、旅順には陸兵4万人、海兵1万人、市民4千人が居て、市民も日々訓練を受けている。旅順の石炭は8ヶ月間支えることができるが、但し衣類は欠乏している。旅順の背後にある狼山の戦闘で露国の26連隊は殆ど全滅した。日本人は鬼神のように働き、殆ど無頓着に砲塁を攻撃した。そして露兵が退却した以上は次の防禦位置は旅順の直ぐ近くになるであろうと。

広告 煙草専売局

 口付紙巻 敷島8銭、大和7銭、朝日6銭、山桜5

 両切紙巻 スター7銭、チェリー6銭、リリー5

 

東京朝日新聞明治三十七年七月三日(日)

上村艦隊の追撃 露艦三隻が壱岐、対馬付近に現れ、夜になって砲声が盛んに起っていた

従軍記者と大隈伯 外国新聞の多数の記者は、開戦以来空しくホテルに宿泊している

煙草官業法の実施 本日1日より、煙草官業法がいよいよ実施となった

上村艦隊の追撃

昨1日、露艦三隻が壱岐、対馬付近に現れ、夜になって砲声が盛んに起っていた。その後の消息は分からないが上村艦隊がこれを追撃したものと思われる確かな情報があった。従軍記者と大隈伯

内外の新聞記者に従軍を許可したのは第一軍のみでその員数に限りがある。従って外国新聞の多数の記者は、開戦以来空しくホテルに宿泊したまま、月日を送り従軍の許可を待っている、しかし我が当局者は何故か、未だにその出発を差止めて、何時まで待つのかはてしない。私の知る限り、露国の如きは自ら進んで外国新聞に依頼しているが、我国は折角好意を持っている外国新聞を自ら忌避するような態度をとることは誠に残念な次第である。

最近では新聞の影響力は益々強くなっており、英米両国のような世論政治の国でに於いてはその影響力には驚くべきものがある。私は、この際特に当局者に対して速やかに彼等の従軍を許可して、その職務を果たさせることを希望するものである。

煙草官業法の実施

本日1日より、いよいよ実施となった煙草官業法に基き、専売局より第1番に売り出される煙草の広告が行われた。現在村井、千葉等の工場で製造中であるが来る10日過ぎでないと発売の運びにはならないと言われている。しかしこの事情を知らない喫煙家は実施の当日から続々と各商店に買い求めに来ているとのことである。

現在に続く煙草の専売制度はこの時始まった。

東京朝日新聞明治三十七年七月四日(月)

旅順口海戦 その艦は水柱を揚げて轟沈した

敵死傷二千人 26日、27日の両日は激戦があった

背面攻撃零報 旅順から日本里数で四里にある高地一帯を占領した。

露国経済界の打撃 シベリア貿易の中心であったモスコー市が最初にその影響を受けた

広告 東京帝国大学の卒業証書授与式を挙行します

旅順口海戦 (十二艇隊奏功 二敵艦轟沈 七月二日東郷司令長官報告

第十二水雷艇隊(司令海軍少佐山田亨)は6月27日夜、旅順口港外に侵入した。敵に察知され、多数の探海燈の照射や砲台、軍艦の猛烈な射撃を受けながら、黄金山下にある2本マストで3本煙突の敵艦(戦艦又は一等巡洋艦と思われる)を攻撃し、その艦は水柱を揚げて轟沈した。この時敵の駆逐艦が我を攻撃しに来たので、これと砲火を交へたがその内1隻は艦腹を見せて、白煙を揚げながら転覆、沈没した。

この攻撃中戦死者13名、負傷者2名であった。

敵死傷二千人(旅順背面)

昨日の夕刻に旅順を出発した露国人の話では、最近は、毎日負傷兵が旅順に運び入れられているが特に26日、27日の両日は激戦があったようである。人力車やその他あらゆる方法で24日間に運び込まれた負傷者は2千人であった。

背面攻撃零報

ダルニーより東海岸方面に進撃した日本軍は26日から28日朝に亘る戦闘の後に旅順から日本里数で四里にある高地一帯を占領した。

露国経済界の打撃

タイムスの露国通信によると、戦争の結果露国の経済界は既に少なからぬ打撃を被っているようである。即ち露国新聞ウイドモスチが書いている所によれば、シベリア鉄道が専ら軍用となったため、シベリアと本国との通商は、全くと言っていいほど杜絶してしまった。従来シベリア貿易の中心であったモスコー市が最初にその影響を受けており、数社の大商会は止むを得ず支払いを停止した。又ポーランドは最も戦争の悪影響を受けており、開戦後間もなく同地の外国銀行はポーランド商人に対する貸出を引締めたため、さしも盛大を極めた同地の工業もたちまちにして衰退して、ロッズだけで1万5千人の労働者が失業した。

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今月9日、10日、11日の3日間、卒業証書授与式を挙行します。

式場の都合があるため参列を希望される方は今月7日までに東京帝国大学本部に申し込んで下さい。この申込みをしなくて出席しても、参列をお断りします。  

明治37年7月 東京帝国大学

明治37年7月5日(火曜日)

営口敵艦再武装 営口の露艦シヴーチ号は、再び元のように武装した

物価下落 米を始めとする第1類(内地品)及び第2類(輸出品)は下落した

最後の対韓忠告 我が国が取る対韓政策の出発点は223日の日韓議定書である

外人鉱業排斥計画 安徽省では、鉱山総督を組織し、鉱山業は一切同局の独占に帰す

営口敵艦再武装 3日山海関特派員発電

一旦武装を解除した営口の露艦シヴーチ号は、前報の水雷駆逐艦の入港と同時に再び元のように武装した。駆逐艦と共に機を見て旅順方面に回航するためと思われる。

物価下落 

6月の相場を見てみると前月に比べて米を始めとする第1類(内地品)及び第2類(輸出品)は下落し、第三類(輸入品)は高騰した。

最後の対韓忠告

今後、我が国が取る対韓政策の出発点は223日の日韓議定書であるがその主要点は次の3点である。

 我が日本が韓国の独立及び領土保全を確実に保障する事(第三条)並びに

 韓国の皇室を確実な信義を以って安全康寧ならしむる事(第二条)及び

 韓国政府の施政改善に関して我が政府が忠告を与える事(第一条)

議定書の第四条以下に於いて、第三国の侵害及び内乱に対し我が政府が義務施行上、臨機の処置を取る際、韓国政府は我に十分な便宜を供給し、作戦上必要な地点の収用を認める事を約束している。このように韓国の独立及び韓皇室の安寧を保障していなければ、我が日本の独立並びに日本皇室の万歳もまた危機に陥る恐れがあればこそである。

外人鉱業排斥計画

湖南 福建 四川の各省は鉱業上の利権を自省の官僚の手に保留する目的で、鉱務総局を設立し外人の鉱山事業の排斥をしようとしているが、安徽省では、鉱山総督なるものを組織し、前記各省と同じく鉱山業は一切同局の独占に帰し、既に外人の権利に属しているものも法を設けて解約させる方針である。

中央政府が制定した鉱山条例では、明らかに外人の鉱山採掘の権利を認めながら各省から事実上の妨害を受けることとなるので早晩外人の間で問題となると思われる。

 

 東京朝日新聞明治三十七年七月六日(水)

大西洋上のデンマーク船難破 汽船に救助された人は僅かに27名のみであった。

満州軍司令部出発 本日午前11時新橋発の軍用列車で出征の途に上る

対馬方面彼我艦隊 ○○隊は敵の退路を遮る目的で追尾したが

広告 満州軍総司令部の進発を祝し 6月7日ビール半額

大西洋上のデンマーク船難破 五日ロンドンロイター社発

デンマーク船ノルジ号は80名の乗組員と7百名のスカンジナビア移民を搭載して、コペンハーゲンからニューヨークに行く途中、618日ヘブリッド群島の西2百マイルの海上に於いて、暗礁に乗り上げた。ノルジ号は直ちに8隻のボートを降ろしたが、風浪の為め転覆を免れ得たのは2隻のみで、結局通りかかった汽船に救助された人は僅かに27名のみであった。

満州軍司令部出発

満州軍司令官元帥大山巌陸軍大将は児玉大将以下総司令部幕僚を率いて本日午前11時新橋発の軍用列車で出征の途に上る。大山大将は恩賜の馬車に乗り、近衛軍楽隊は奏楽して一行を送る予定である。

対馬方面彼我艦隊 5日竹敷特派員発

1日夕刻、壱岐沖で敵艦が現れ、彼我の距離○○メートルとなり、我が○○隊は突撃をしようとしたその時、単従陣であった敵は急きょ砲撃を開始し、全速力で逃走しながら発砲に努めた。それを見た○○隊は敵の退路を遮る目的で追尾したが、この時はるか彼方に探照灯で敵の艦尾を見るだけであったが遂に航跡を見失った。

広告 満州軍総司令部の進発を祝し

 6月7日ビール半額  西洋料理 札幌ビール 京橋ビヤーホール

 東京朝日新聞明治三十七年七月七日(木)

対韓照会中の重要件 韓廷の処理が緩慢であるため厳重に督促したようである。

露国砲兵の弱点 日本は砲を巧みに操作する点に於いて到底露人が真似する事ができない

クロパトキン大将の軍略 去る6月18日以来この大軍は急速に大石橋を通過中である

浮流機雷と列国会議 無闇に浮流機雷を使用する事は国際法上の重要な問題である

バルチック艦隊 来る8月に極東に向け出発できるであろうとの希望的観測がある

対韓照会中の重要件 五日京城特派員発

かねて我が公使が韓廷に照会中である京義間道路を修繕する件、仁川港に気象台設置の敷地の要求及び西北鉄道を開始すべきこと等につき韓廷の処理が緩慢であるため我が代理公使は今回、厳重に督促したようである。

露国砲兵の弱点 5日ロンドン特約通信員発電

露人は極東の戦地に発送する為に、黒海やバルト海の各要塞の重砲を取り外し中であり、日本は砲の数量に於いても品質に於いても露国に勝っているのみならずこれを巧みに操作する点に於いては到底露人が真似する事ができないことであると認められる。

クロパトキン大将の軍略

北京よりの報道によれば、クロパトキン大将は愈々攻勢を取ることに決定したようで、将軍は遼陽を守るための3個大隊を残して、東部シベリア軍5個師団、砲60門、騎兵大部分を率いて南下するようである。去る6月18日以来この大軍は急速に大石橋を通過中であり、また同将軍は既に同地に達していると言われている。

浮流機雷と列国会議 63日ニュヨーク イブニングポスト所載

日露両国が無闇に浮流機雷を使用する事は国際法上の重要な問題であり、英国の諸新聞はこれに対して、それぞれ穏当な評論を加へている。これらの意見は、皆公海に於ける中立国の商業を危険から守る意図から発言されたものである。彼等の論点は交戦国双方が各自の港湾又はその付近於いてこそ機雷を沈設する権限を有することである。

バルチック艦隊 六日ベルリン特約通信員発

ピータースブルグに於いては、バルチック艦隊は来る8月に極東に向け出発できるであろうとの希望的観測がある。

東京朝日新聞明治三十七年七月八日(金)

朝鮮特電 北韓の地方は戦争の影響によって、農民が悲惨な状況に陥っている

海門艦沈没 軍艦海門は大連沖に於いて敵の機雷に触れ破損、沈没した

汽船捕獲される 英国汽船キールテン号は釜山へ航行中、露国軍艦によって捕獲された

俘虜情報局の現況 ヘーグに於ける平和条約に基づき俘虜情報局を陸軍省内に設けている

朝鮮特電 七日京城特派員発

最近、北韓の地方は戦争の影響によって、特に農作物ができる時期に農民が非常に困っており、悲惨な状況に陥っているとの報告があった。露兵が通過した安州や粛川等は、確かに現在でも露兵が略奪した痕跡が残っており、農民で帰ってきた者は尚十分の一に過ぎない。しかしその他の地方はそれほどまでには悲惨でない。現に戦争の結果として平壌以北の地に落ちた通貨は2百万円を下らなくて、そのため少なからずの農民等が潤沢な利益を受けており、何れも皆日本の恩恵を謝して、日本人に対し尊敬と歓迎の意を表している。

海門艦沈没(高橋艦長以下戦死) 七月七日午後大本営着電

軍艦海門(千三百九十トン)は大連沖に於いて敵の機雷に触れ破損、沈没した。乗組員の大部分は救助収容されたが艦長高橋守道以下十九名は行方不明である。艦長は乗組員に退去を命じた後部下が勧告したにも拘わらず、最後まで艦橋に止まり遂に本艦とその運命を共にしたと思われる。

汽船捕獲される 

先月28日、小樽港を出港した英国汽船キールテン号(三千七百頓)は釜山へ航行中に行方不明となったことは既報のとおりであるが、一昨日の電報によれば同船は露国軍艦によって捕獲され、一昨日ウラジオに到着した。

俘虜情報局の現況

我が国では、ヘーグに於ける平和条約に基づき開戦後、直ちに俘虜情報局を陸軍省内に設けている。2月以来同局で取扱ったのは、遺言書発送、遺留品発送、寄贈金品の配布、俘虜から発送する或いは捕虜宛ての郵便物等であり、俘虜の姓名、隊号等軍司令部から通知があれば直ちに佛国公使を経由して一々本国へ通報している。一昨日の6日迄に、松山へ収容した俘虜の総数は千三十三名であり、俘虜に関する照会等がある時は、一目瞭然に調査できる様になっている。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月九日(土)

バルチック艦隊派遣 一切の危険を冒して極東に派遣する決意を固めたと言われている

旅順戦況と露国領事 日本軍は旅順から八清里の所まで進出している

浦潮艦隊又現はる(?) 日本海の航海はまたまた停止となっている

英国碩学と中立問題 機雷敷設問題に就いて講演を行った

バルチック艦隊派遣 七日ロンドン特約通信員発電

露国はバルチック艦隊を二隊に分け、一切の危険を冒してこれを極東に派遣する決意を固めたと言われている。又佛国はその中立を破らないが、途中の同艦隊に対する石炭供給を許可することに決定したとの説がある。

旅順戦況と露国領事 七日チーフ特派員発電

日本軍は旅順から八清里の所まで進出している旨、今朝遼陽から当地の露国領事に電報があった。

浦潮艦隊又現はる(?)

日本郵船会社から県下の七尾にいる同業者に、露艦が元山沖に現われ、海上は危険であるとの電報があった。日本海の航海はまたまた停止となっている。

英国碩学と中立問題 

英国王立海軍大学の国際法講師サー、ジェ、ロレンス教授は、5月25日、機雷敷設問題に就いて次の講演を行った。公海に機雷を敷設することの是非については、未だ先例となるものはないが、原理上から見てもそれが不法である事はいう迄もない。但し戦闘区域内に沈めた機雷が漂流して、累を中立船舶に及ぼすに至っては戦闘中発射した流弾と同一視せざるを得ない。

東京朝日新聞明治三十七年七月十日(日)

スクリドロフ報告 我が砲火に依り日本水雷艇2隻を撃沈したと信ずる

韓国に対する荒地請求と大隈伯 これは非常に姑息な手段で、大義名分を欠いている

チリー軍艦来る 生徒30余名が乗り組んでいる

スクリドロフ報告(浦潮艦隊来襲の敵報)

ルター電報に依ればスクリドロフ海軍中将は7月7日次の電報を露国皇帝に電送せりという

ペブブラブフ海軍中将の率いる巡洋艦隊は7月1日朝鮮海峡を通過したが午後6時20分になって、大型軍艦7隻(装甲巡洋艦4隻及び戦闘艦3隻)及び水雷艇12隻に出会い我が艦隊は退却した。敵は我を追跡し砲火を開いたが効果なく、午後8時水雷艇11隻が我が艦隊の前方に現れ、我が砲火に依り日本水雷艇2隻を撃沈したと信ずる。翌朝に至り敵を見ず我に負傷者又は損害なし。

我が巡洋艦が日本海において捕獲した英国汽船は7月5日ウラジオストックに到達した。同船は京釜鉄道用資材を搭載し小樽より釜山に向かっていた。

韓国に対する荒地請求と大隈伯

長森氏の荒地を開拓するための請求は、最近彼我両国間の問題となっているが、一個人の為に韓国全土における民間地以外の荒地を無償払下げを請求するのは果たして正当な処置であろうか、又これは我が帝国政府の請求であるが長森氏を通じて請求したに過ぎない。そうであるならば私は、これは非常に姑息な手段であって、疑いなく大義名分を欠いたものである。

我が国は、既に日韓議定書に於いて韓国の内政、外交の全てについて助言すべき立場についている。朝変暮改の韓国の政治に根本的な改革を加えて、確固たる基礎を樹立するならば、彼我の間にある全ての問題を解釈することができる。

世界の第一等国に列する我が日本の外交は正々堂々たるを要す。殊に助言する権利を有する同盟国に対してはなお更小細工を弄してはならない。

チリー軍艦来る(長崎) 

チリー練習艦バケザノは仁川から寄港した。生徒30余名が乗り組んでいる。同艦は昨年10月本国を出発し、喜望峰を廻ってインド洋から香港、上海及び北清を経由して当港に寄港している。来る10月迄に帰国の予定のようである。

 東京朝日新聞明治三十七年七月十一日(月)

海戦以来7月9日に至る主要戦闘における海軍の死傷数 合計1180

海戦以来7月9日に至る主要戦闘における海軍の死傷数

月 日    項目      死傷総数   死者   行方不明    負傷

2月24日  第1回閉塞隊     5    1            4

3月10日  駆逐艦戦闘     23    8           14

3月27日  第2回閉塞隊    15    4           11

5月3日   第3回閉塞隊   117    8     86    23

5月15日  吉野沈没     323   323

5月15日  初瀬沈没     597   494          102

5月30日以降 

7月9日まで 旅順口封鎖    100    59     7     41

解説:この死傷者数が物語っている事は、この頃日本の連合艦隊は、多大の犠牲を払ってでも何とかして旅順の太平洋艦隊を封鎖し、撃滅しようと全力を傾けていた事である。

このホームページに於ける明治37年6月28日の記事に列国海軍の艦隊比較があるがロシア海軍は世界第3位で戦艦の隻数21隻で9隻建造中に対し日本は7隻で2隻建造中に過ぎなかった。そしてロシア太平洋艦隊と連合艦隊がほぼ同等の戦力であるため、なんとかしてバルチック艦隊や黒海艦隊が極東に回航する以前に太平洋艦隊を撃滅する必要があった。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月十二日(火)

9日の旅順口海戦 敵は港口を出て、少し東航し約6哩の竜王塘付近に進出した

車夫の賃金及び車夫希望者の増加 大工、左官等が、仕事がないため車夫となって

9日の旅順口海戦

9日午前7時頃、敵は戦艦ポルターワ外4隻の巡洋艦、2隻の砲艦、7隻の駆逐艦を以って艦列を整え、多数の掃海艦艇を先頭とし掃海しつつ港口を出て、少し東航し約6哩の竜王塘付近に進出した。その目的とする所は多分竜王塘付近の上陸軍を砲撃し我が海陸軍の行動を妨害するためと思われる。

我が駆逐隊の一部は敵の掃海を妨害する為にしばしこれと砲戦し、第3艦隊の一部は小平島付近竜王塘においてこれと対応し、午後2時頃に到って敵艦バヤーンと多少の砲火を交えたが午後4時頃に至り敵は順次港内に退却した。

解説7月11日付け東郷連合艦隊司令長官から伊東海軍軍令部長宛の書簡によると「日本海軍の艦船、兵員ともようやく疲れはじめ、ことに駆逐艦や水雷艇は、今後1ヶ月以上も勤務をつづけると修理を必要とするもの続出することになる。旅順艦隊に対してだけでもバランスが崩れかけているのである。」と苦しい実情を述べている。(人物往来社近代の戦争より)

車夫の賃金及び車夫希望者の増加

電車開通前の人力車車夫は1日50銭の収入を得ることが容易であったが、今は15、6銭を得るのも容易ではないという。この為車夫の数をこれ以上増やさないため下谷署では車夫の資格調査を厳格にしたにも拘らず尚新規出願する者が多い。これは一見奇異に見えるが実際は大工、左官等が、本年1月以来仕事がないため、以前と比較すると収入が非常に減少していることを知りながらも車夫となって多少の収入でも得たいが為である。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月十三日(水)

チリー軍艦(長崎)神戸に向け出港した

時局と貧民の生活 一膳飯屋が軍隊の残飯の払下げを受け、その新鮮な物は貧民に売る

チリー軍艦(長崎

停泊中のチリー軍艦は今朝5時に神戸に向け出港した。

時局と貧民の生活

鮫ケ橋に一膳飯屋があり、軍隊及び士官学校等の残飯の払下げを受け、その新鮮な物は貧民に売り、やや古くなったものは乾飯とするか豚の餌とする。残飯の来た時は鈴を鳴らして隣近所に合図をし、一盛りのご飯2銭、味噌汁も又2銭でこれらは2人分の量である。煮魚も11銭又は2銭である。僅か数銭で飢えを癒す事ができる。

解説 1銭は現在の貨幣価値では約100円であり、煮魚は100円か200円になる。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月十四日(木)

米国大統領と日本赤十字 米国大統領が日本赤十字社の内外救護事業の写真を所望した

駐露米大使冷遇される 以後米国大使が出席する会の招待はお断りする

チリー海軍軍艦の売却問題 中立の義務に違反したものと認めざるを得ない

米国大統領と日本赤十字

米国大統領が、このほど金子堅太郎を招いた際、日本赤十字社の内外救護事業の写真を所望したと日本赤十字社に連絡があり、同社では早速之を贈呈する事としたようである。

駐露米大使冷遇される

駐露米国大使マツコルミック氏が日本に同情を寄せているとの理由で露都の社交界で排斥され始めている様である。

露都の社交界で現在あまり人気のない一皇女は午餐会の招待を受けた際、米国大使が出席するという理由で出席を断ってきた。この皇女の言うには「仁川においてワリヤーグ、コレーツが沈没した際拍手し傍観して露国の負傷兵を救助しようとしなかった。以後米国大使が出席する会の招待はお断りする。」

チリー海軍軍艦の売却問題

チリー政府が快速巡洋艦エスメラルダ、チャカブコ及び戦艦カブテンブラーの3隻を代理人の手を経て露国政府に売却しようとしている件に関して英国人の主張は次のとおり。

本件は明瞭に中立義務に違反しており、もしチリーが露国政府にその軍艦を売った場合には中立の義務に違反したものと認めざるを得ない。これは即ち現戦争の終結後に重大な要求権を日本に与える事となるであろう。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月十五日(金)

敵駆逐艦ノーウイック艦長の奮闘 敵の艦長の中で最も優れていると賞賛している

日本酒の一大改良 夏期に腐敗せず冬期に氷結しない日本酒を作り出す

露国と革命 今日ほど革命の機運の熟した事は無く、不平の声は至る所に聞こえる

敵駆逐艦ノーウイック艦長の奮闘

我が艦隊の旅順攻撃に際して、真先に出てきて我が艦隊に対抗するのは毎度ノーウイックで、同艦は一度我が駆逐艦や水雷艇の影を見るや否や速力20ノット以上で接近し攻撃し、その動き極めて敏捷である。同艦艦長が敵の艦長の中で最も優れていると我が艦艇において賞賛していると某将校が語っている。

日本酒の一大改良

醸造試験所は夏期に腐敗せず冬期に氷結しない日本酒を作り出すために試験していたがこの度好成績を得ることが出来た。この結果を陸海軍省に通知したところ両省はこの酒でなければ買い入れないことに決定したという。この新しい精製法とは清酒1石を冷やし氷結させ、その氷結した氷を取り除く手法である。その結果5斗の純良酒を得ることが出来る。この酒は氷点下20度から華氏100度でもビンまたは樽詰めの状態でその味は決して悪くならない。之を飲む時は、適当な湯を混ぜれば燗酒となり氷を混ぜれば冷酒となり非常に美味しい。

露国と革命

露国領土内において政府に不満を持つ者に、露人、フィンランド人、アルメニア人、ポーランド人やコーカサス人が居る。露国でも今日ほど革命の機運の熟した事は無く、不平の声は至る所に聞こえ、その内最も激しいのが農民である。露国の農民は一種の農奴で終生教育を受けず地位の上がる見込みは無く、ただ屈辱、抑圧の下で涙を呑んでその生を送らざるを得ない。一方で政府はこれら農民より苛税を取立て、国庫に万億の富を蓄えている。これら農民は不平を持っているものの、この運動を統合する者が居ない。ここに不思議なことに露国の中で貴族又は地主で農民のためにこの運動の統合一致を図ろうとする者がある。しかしある者は投獄されある者は追放され何ら結果を見ていない。又別に学生、職工、官吏や軍人等からなる過激な一派があり、激を飛ばし或いは爆薬でテロを行おうとする。

しかし露国は大国であり人口1億3千万人でたとえ数万人の不平家がこぞって政府に反してもこれは蒼海の一粟に過ぎない。今回の戦争中、一大革命運動が起こるというのは期待のし過ぎであろうか。

解説:1904年2月、日露戦争が勃発すると当時ロシア公使館付き武官陸軍大佐明石元二郎は、スエーデンの首都ストックホルムにおもむき、ロシア国内の反政府運動の端緒をつかみ、同時にポーランド人を利用してロシアに対する反乱を起こさせるように密命を受けた。その後ストックホルムの日本大使館を根城にパリー、ロンドン、ノルウエーのベルゲンとヨーロッパを股にかけ、ロシア革命運動のため行った縦横の活躍はスケールの大きさと大胆不敵な点において日本的スケールをはみ出すものであった。明石大佐はわが国で最も早い時期にレーニンに注目した人物でもあった。(人物往来社 世界の戦史より)

 

東京朝日新聞明治三十七年七月十六日(土)

バルチック艦隊 露国義勇艦隊が公法を無視してダータネルス海峡を通過した

雪中行軍遭難き念銅像 第8師団雪中行軍遭難者き念の銅像は東京砲兵工廠にて鋳造し

バルチック艦隊

露国義勇艦隊が公法を無視してダータネルス海峡(黒海と地中海を結ぶ海峡)を通過し既に極東に向け航行している。目的はウラジオ艦隊と合同したいとの希望を持っている為でその航行に必要な石炭の供給は佛領ギブチー及びオランダ領ブローウエイで行うつもりのようである。これら非合法の行動はこの艦隊が各国の態度を伺いながら、バルチック艦隊が極東に向かう際の途を開く調査と思われる。

バルチック艦隊は戦艦10隻を保有しているが最新型の戦艦6隻中2隻は本年12月に就役予定であるので今回の出港には間に合わないであろう。また残り4隻は建造後10数年を経過しており、最新型に比べ最大速力が2~3ノット劣り約15ノットである。

雪中行軍遭難き念銅像

寺内陸相、児玉大将等の発起に係る第8師団雪中行軍遭難者き念の銅像は東京砲兵工廠に於いて鋳造し、日本鉄道にて青森の建設地に運搬中である。この像は遭難当時の服装を模している。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月十七日(日)

雲南鉄道と支那人夫 佛国は清国の労働者3000人を募集し、雲南鉄道敷設工事に使役する

バルチック艦隊給炭手段 私有の石炭船と特別な契約を結び、外国の港で石炭を積み込み

鉄道沿線の紛争について 日本から来た無頼の工夫等が韓国人を抑圧し紛争が絶えない

雲南鉄道と支那人夫 16日北京特派員発

佛国は広西にて清国の労働者3000人を募集し、雲南鉄道敷設工事に使役する事を計画中であるが岑総督(清国のシン総督)は将来清国と佛国との間で外交上の大きな問題となる事を避ける為に清国の外務省と調整し労働者の中に土匪が決して入り込まないことを条件に許可することとなった。

バルチック艦隊給炭手段 15日ロンドン特約通信員発電

露国は一私人の手により極東に向かうバルチック艦隊へ石炭を補給しようと計画中である。その方法はまづ私有の石炭船と特別な契約を結び、外国の港で石炭を積み込み、出港した後、公海上でバルチック艦隊と出会いこの石炭を供給する方法である。

鉄道沿線の紛争について  16日京城特派員発

京釜鉄道沿線において日本から来た無頼の工夫等が韓国人を抑圧し紛争が絶えないと韓国外務省が申し入れてきたため、我が公使が其の真相を調べた結果

(1)鉄道沿線の人民は、労働や材料の提供により莫大な利益を得たため、工事の進捗を喜び日本人に親しみを持っている。

(2)沿線の郡長は鉄道工事のため人民等が多くの利益を得るのを見て、口実を設け不当な税金を徴収し或いは賄賂を取っている。これを韓国人が日本人に訴え解決しようとする結果紛争が起こっている。

(3)釜山地方の韓国人は日本語を話し、日本人と偽って不正行為を働いている者が居る。

今回韓国政府の誤解を正すと共に日本人の取締りは我が方で行うが貴国郡長や不正韓国人の取締りは貴政府で行うよう韓国外務省に対し申し入れを行った。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月十八日(月)

ロゼストウインスキー談話 バルチック艦隊は準備整い次第、極東に向け出発する予定

山縣元帥の午餐会 観戦武官及びその公使を昨日、目白の屋敷に招き午餐会を催した

佛のバルチック艦隊への給炭 佛国が露国艦隊に石炭を供給する方法を思いついた

ロゼストウインスキー談話

7月16日佛国のエコー、ド、パリー新聞はロゼストウインスキー提督(太平洋第2艦隊司令長官)が露都に於いて同社通信員に語った談話を発表した。

バルチック艦隊は準備整い次第、極東に向け出発する予定である。尤も石炭を得る目的でいずれかの中立港に入港する必要があるが、大西洋、地中海にても同艦隊は露佛両国政府の話し合いの結果として佛国の港に寄港するのを避け、むしろ独逸及び英国の港に寄港したいと考えている。佛国政府はバルチック艦隊が佛国の港に寄港するのは現在の情勢下では望ましくないと考えているようである。

同艦隊は地中海及びスエズを通る予定であるが但し大型輸送船は希望峰を回らざるを得ない。

解説:ヨーロッパに於ける大国は、佛、独、露であり仏は、独に対抗して国を守る為に露と同盟関係を結び、露の外債の募集にも熱心であった。

山縣元帥の午餐会

山縣参謀総長は、東京を出発して従軍しようとしている英国陸軍ニコルソン中将を始め英、独、米並びにチリーの観戦武官及びその公使を昨日、目白の屋敷に招き午餐会を催した。主人の挨拶に続き英国公使の挨拶が行われた。

解説:観戦武官とは、戦争の非当事国から派遣され、戦略、戦術、武器等を現地で観察する軍人である、当時の国際情勢を反映して佛、オーストリー、スペイン3国の観戦武官は、上記4カ国と区別し翌日招待されている。

佛のバルチック艦隊への給炭

佛国が紅海以東の領地、港湾に於いて中立法に違反せずに露国艦隊に石炭を供給する方法を思いついたという。それは石炭輸送船を、艦隊に先立ち佛国の給炭港湾に入港させ、艦隊が来た時に港を離れ、公海上で給炭する方法である。

これは表面的には国際法上の中立違反にはならないが我が政府は決してこれを黙視してはならない。国際道義の違反は条文の有無に拘わらないので、これは矢張り国際法上の一つの新たらしい違反である。

東京朝日新聞明治三十七年七月十九日(火)

義勇艦隊と独逸 ドイツ郵便船は、露国の仮想巡洋艦から停船を命じられた

ダムダム弾の審査 ダムダム弾はヘーグ条約の規定により使用を禁止されている

義勇艦隊と独逸 

アデンからの電報によれば、7月16日同港に到着したドイツ郵便船は、前日に露国の仮想巡洋艦スモーレンスクから停船を命じられ、日本行きの郵便物、嚢、小包を没収されたという。

これに関しドイツの新聞は「海上法の国際慣例は、常に中立国の郵便船に対し特別な待遇を与えている。従って今回の場合に於けるように郵便船を停め、郵便物を没収する事は弁解のしようが無いことであり、ドイツ政府は、躊躇することなく十分な救済を求めるべきである。」と述べている。

解説:義勇艦隊と新聞にあるのは、軍艦であるならば許可なく通行できないダータネルス海峡を、黒海から商船旗を掲げて通過し、地中海に入り、現在は露国の軍艦旗を掲げている仮想巡洋艦(大砲を搭載した商船)である。

ダムダム弾の審査

我が軍が今回捕獲したロシア軍のダムダム弾は、近日東京に送られ調査される予定であるが、これがヘーグ条約違反のダムダム弾である時は、第3国を介して抗議を申込まなければならない。

ダムダム弾とは通常の弾丸の先端を平らに切断したもので、これが当ると傷口が大きく裂け治療が難しくなるため単に戦闘力の減殺を目的とする現代の文明戦に於いてはヘーグ条約の規定により使用を禁止されている。

往年英国がアフリカ遠征の際使用したことがあるがこれは野蛮人の多くは頑強で普通の弾丸を使用しても戦闘力がなかなか衰えない為であった。その為ヘーグ条約では現在でも、これら蛮人に対するダムダム弾の使用を禁止していない。

解説:100年前には、アフリカの黒人を野蛮人として野獣と同様に見なしていたようである。

東京朝日新聞明治三十七年七月二十日(水)

露艦の乱暴と世論 露国義勇艦隊は英国及び独逸に於いて一般国民の憤怒を引起している

独逸の対露抗議 ベルリン外務省は抗議書を露国外務省に送付した

日本軍艦紅海に向かう 巡洋艦2隻がマラッカ海峡付近を航行するのが目撃されている

墺国大学生と日本戦勝 代表2名は530名連名の祝辞を持って帝国公使館を訪れた

露艦の乱暴と世論 

紅海に於ける露国義勇艦隊の行為は英国及び独逸に於いて一般国民の憤怒を引起している。同艦隊が独逸郵便船の日本行き郵便物を差し押さえたことは国際公法違反であり弁解の余地が無いことと認められ,、列国政府は本件につき露国に抗議すべきであるとの議論が盛んである。

独逸の対露抗議 19日ベルリン特約通信員発

ベルリン外務省は郵便船プリンツハインリヒ号の郵便物が差し押さえられた直後に抗議書を露国外務省に送付した。独逸の新聞は残らずこの差押さえを公法違反として、又露船スモレンス号の行為を未曾有の侮辱であると述べている。

露国政府はこのような驚くべき粗忽な行為について陳謝しなければならない。独逸は決してこの無礼を見過ごすことは出来ず対露関係に重大な影響を及ぼしつつある。

日本軍艦紅海に向かう 19日ロンドン ロイター社発電

シンガポール発の通信によれば、装甲巡洋艦2隻が石炭船を伴って去る木曜日マラッカ海峡付近を航行するのが目撃されている。これは紅海の露国義勇艦隊捕獲の為航行中の日本軍艦に違いないと思われている。

墺国大学生と日本戦勝

鴨緑江に於ける戦報が欧州に伝わり 墺国レオポール市工科大学学生一同530名は日本軍の戦勝を祝し併せて、本人の意に反して露軍に徴兵された同胞人(ポーランド人を言う)で日本軍の捕虜となった者に対して帝国政府が相当の厚遇を与えることを希望するとの電報を帝国公使館に寄せた。また選ばれた代表2名は530名連名の祝辞を持って帝国公使館を訪れこれを差し出した。

 東京朝日新聞明治三十七年七月二十一日(木)

敵艦津軽海峡を通過 露艦3隻により東京汽船会社の汽船高島丸が撃沈された

我が水雷艇出港 露艦3隻が津軽海峡の陸奥と大間間を遊弋している

東郷大統領と東郷駅 東郷提督が次期大統領選に出たならば。大多数が投票するであろう

敵艦津軽海峡を通過

午前330分ウラジオ艦隊の3隻が海峡を東に通過し、太平洋に向かっている。

午前10時11分津軽海峡東部、尻矢崎沖合いにおいて汽船一隻が捕獲された模様である。

今朝津軽海峡東部の恵山沖にて露艦3隻により東京汽船会社の汽船高島丸が撃沈され船長以下乗組員10名、乗客22名は全員無事にボートで戸井村に上陸した。

各郵船会社は北海道方面への船舶の運航は当分見合わせることに決定した。

我が水雷艇出港 20日午前7時北海道庁発電

ただ今函館入港の有川丸他9隻の汽船船長の報告によれば、露艦3隻が津軽海峡の陸奥と大間間を遊弋しているため、我が水雷艇が出港して行った。

東郷大統領と東郷駅

開戦以来、欧米各国が日本よりも狂気の様に騒ぎ廻り、世界の大戦争としている。無論米国でも1日に15~16回も号外を出して、迅速に戦況を報道しているがこのほど米国シャトルより帰国した某紳士の話によると1~2ヶ月前シャトルから約30マイル離れた一村落に新たに鉄道用の駅を設けたが其の名称は東郷駅と命名したそうである。今や米国に於いては、もし東郷提督が米国に帰化し次期大統領選に出たならば、間違いなく大多数が投票するであろうといわれている。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月二十二日(金)

英国の対露抗議 英国は露国に対し抗議すると共に英国海軍は警戒を強化している

英国新聞の憤慨 英国の新聞は、マラッカ号に対する露国の振舞いに憤慨している

英将官の激語 余は露国の仮想巡洋艦を海賊船と見做す

旅順方面 目下日本軍は旅順付近の要地を確保し、砲撃の準備中

英国の対露抗議 20日ロンドン特約通信員発

露国義勇艦隊が紅海に於いて英船を拿捕した結果、英国は露国に対し抗議すると共に英国海軍は警戒を強化している。

一般世論は露国が条約(ダータネルス海峡軍艦通航禁止の条約)を破って日本に被害を与えることを許してはならないと主張している。

露国の目的は、わざと国際間の紛争を起こし、極東に於いて敗北した不面目を拭うためと思われる。

英国新聞の憤慨 21日ロンドン ルーター社発

英国の新聞は、マラッカ号に対する露国の振舞いに憤慨し、政府に向かって直ちにこの件の処置を要求し、又英国は日本の同盟国として露国がダータネルス海峡の中立を破り日本に被害を与えていることを座視してはならないと宣言している。

英将官の激語 20日ベルリン特約通信員発

英国海軍大将フリーマントルは、若し余が地中海艦隊を指揮しているのであれば余は露国の仮想巡洋艦を海賊船と見做すと述べた。

旅順方面 20日チーフ特派員発電

目下日本軍は旅順付近の要地を確保し、砲撃の準備中であり、未だ大挙して進撃する状況になっていない。但し日々小さな戦闘は行われており多くは露軍の攻撃で起きている。 12日頃旅順から約10kmの付近で激戦があり日本の死傷者350人であった。また昨日は海陸共に砲声が聞かれた。

解説:7月12日大本営は海軍側の強い要請により一日でも早く旅順を攻略することに決定し、満州軍司令官大山元帥は連合艦隊の根拠地長山で東郷連合艦隊司令長官と会談した。

7月14日大山元帥は乃木第3軍司令官を呼び次の旅順攻撃の作戦計画が決まった。

 7月25日~30日  前進陣地占領

 8月18日 砲兵援護陣地占領

 8月21日 本要塞への攻撃開始

 8月末日攻撃完了

実際には37年中は陥落せず多大の犠牲を払うこととなった。(人物往来社 日露戦争より)

 

東京朝日新聞明治三十七年七月二十三日(土)

韓国朝廷の拒絶回答 何度要求されてもこの様な特権を外人に与えることは出来ない。

露艦また黒海を出た チェルノモリエツ号はダータネルス海峡を通過した

ウラジオ艦隊の所在 岩手県山田港沖40海里を南方に航行していた。

英国の対露抗議 マラッカ号に搭載していた弾薬は、英国の極東艦隊用として輸送中

韓国朝廷の拒絶回答 1日京城特派員発

韓国朝廷に対する荒地開墾要求(韓国内の未開拓の国有地を日本人が開拓するため無償での払下げ要求)に対する拒絶回答の要旨は、荒地の開墾は韓国政府がこれから行おうとしている事業であり、外国人に許可することは出来ない。日韓両国は真にお互いの利益になる事業に対してはお互いに助け合い、お互いの権利を尊重し両国の信頼関係を強化することが両国の大義である。然るに我が政府が将来、着手しようとしている事業に対し貴公使が繰返し要求されるのは如何なものであろうか。たとえ何度要求されてもこの様な特権を外人に与えることは出来ない。

解説:明治37年7月10日の記事「韓国に対する荒地請求と大隈伯」に大隈重信(早稲田大学創始者)が現代から見ると当然である日本政府の無理な要求に反対する意見を述べている。

日露戦争以前の韓国朝廷はロシアの影響下にあったが日露開戦後日本海軍が制海権を得て以降日本への協力を承諾し、日韓議定書が調印され、韓国内の日本軍の行動に外交上の制約が無くなった。この様な弱い立場の韓国朝廷に対しこの要求は起きている。

露艦また黒海を出た 21日ベルリン特約通信員発

露国の仮想巡洋艦チェルノモリエツ号(武装した商船)はダータネルス海峡(黒海と地中海を結ぶ海峡)を通過した。

ウラジオ艦隊の所在 22日午前岩手県発大本営着電

漁師からの情報に依ればウラジオ艦隊は21日午前7時頃岩手県山田港沖40海里(約72Km)を南方に航行していた。

英国の対露抗議

英国は露国に対し、マラッカ号に搭載していた弾薬は、英国の極東艦隊用として輸送中のものであったと抗議しており、英国国民の怒りは甚だしい。政府は最も強硬な抗議をせざるを得なくなった。日頃政府に反対する野党党首も本件に関しては政府を助け同一歩調を取る意向と思われる。

 

 東京朝日新聞明治三十七年七月二十四日(日)

在チベット大使からの電報 ダライラマはイギリスとの和平を模索している様である

排日運動と我が警察 この集会を治安上問題があるとして直ちに解散を命じた

ロシア折れる ロシアは直ちにマラッカ号を釈放する用意がある

敵艦南下の形跡 磯浜沖合い約80海里に軍艦らしき艦が南下している

航行禁止と米の欠乏 横浜に於ける米の在庫が無くなり南京米を食べざるをえない

在チベット大使からの電報 23日北京特派員発

清国のチベット駐在大使が外務省に送った電報によれば、ダライラマは最近の遼東に於けるロシア軍の敗報を聞いて、それまで持っていたロシアに対する信頼感が薄れ同時にチベット兵が到底イギリス兵に太刀打ち出来ないことを知り、なんとかイギリスとの和平を模索している様である。そのため大使はダライラマを説得して平和を回復するよう努力したいと考え、外務省に対し北京のイギリス大使を通じ本国政府に請願し、暫くの間イギリス兵の前進を中止し協商について話合を始める端緒を得たいと希望しているようである。

解説:現在の中国は、チベットを自国の領土と主張しているが当時は違っていた事が伺える。

排日運動と我が警察  22日京城特派員発

本日午後4時頃、我が憲兵軍曹は20名の憲兵を率いて城内の反日グループの集会に赴いたが、韓国人の参加者1400~1500名であった。 1名演説中であったが憲兵軍曹は、この集会を治安上問題があるとして直ちに解散を命じた。しかし喚声を上げ不穏な情況となったため会長以下幹部3名を我が憲兵の手に捕らえた。

ロシア折れる(ドイツの抗議の結果) 23日ベルリン特約通信員発

ベルリンに達した報道によれば、ロシアはなるべく速やかに平和的な手段でドイツ ロシア間の誤解を解きたいと望んでいる。ロシア外相はベルリンから届いたドイツの2回目の抗議文に対し丁寧な回答をすると共に海軍大臣に対して厳重な命令を部下にするように求めた。又イギリスに対しては、マラッカ号の積荷(弾薬)の性質を証明し、香港政府宛てのものであると宣言をすればロシアは直ちにマラッカ号を釈放する用意があると述べた。

敵艦南下の形跡

茨城県発の大本営着電によれば22日昼、磯浜(犬吠埼の北方海岸)沖合い約80海里に2本煙突3本マストの軍艦らしき艦2隻、同じく2本煙突2本マストのもの1隻が南下しているのが見られた。

航行禁止と米の欠乏

四日市と横浜間の航行が禁止された結果横浜で消費する米を搭載した日本郵船のエンマ号を始め数隻が四日市に停泊している。そのため横浜に於ける米の在庫が無くなり南京米を食べざるをえないと恐慌をきたしている。

 

東京朝日新聞明治三七年七月二十五日(月)

フランス大使との協議結果 イギリスの汽船が航行を妨害されることは無いと約束した

ロシア艦伊豆沖に現れる ウラジオ艦隊と思われる軍艦3隻が東航中である

1隻撃沈1隻焼沈 今尚砲声が盛んに聞こえている

南米諸国の同情 軍艦をロシアに売却したと新聞に報道され、国民世論が沸騰

米国大統領の同情 米国大統領に源氏物語の英訳と新渡戸稲造の英文「武士道」を送った

フランス大使との協議結果 24日ロンドン ルーター社発

去る木曜日(21日)外相ラムスドルフ伯が駐露フランス大使と会談し、その後ロシア皇帝と協議した結果、ロシアはイギリスの汽船が今後再び義勇艦隊(ロシアの武装商船)の為に航行を妨害されることは無いと約束した。

ロシア艦伊豆沖に現れる(商船捕獲) 24日午前伊豆南岸発大本営着

24日午前7時50分伊豆石廊崎の南西約30海里の沖合にウラジオ艦隊と思われる軍艦3隻が商船1隻を率いて東航中である。商船は日本のものと思われる。

1隻撃沈1隻焼沈 24日伊豆長津路特電

伊豆下田警察署の報告に伊豆石廊崎沖にロシア艦3隻現れ、商船1隻は撃沈され、他の1隻は焼き沈められ、今尚砲声が盛んに聞こえているとある。尤もその後の報告によれば1隻焼沈とあるのは尚不明である。

南米諸国の同情

アルゼンチン国ゼー・アール・ヴァレー氏は金4百円を我が赤十字社に寄付し且つ趣意書を発表して既に千円余を募金している。

チリー国政府が軍艦をロシアに売却したと新聞に報道されて以来、チリー国内において国民世論が沸騰し、反対の声が四方より起こったため当局者はその新聞報道は根拠が無いと、熱心に売却を否定している。

米国大統領の同情(ルーズベルト大統領)

高平駐米公使より外務省に入った報告によれば、米国大統領は近頃公使と会見の際は必ずわが国の制度、文物について質問し熱心に聞かれていたが、今回更にわが国の事情を研究する書物を求められ、手許にあった源氏物語の英訳と新渡戸稲造の英文「武士道」を送ったが、大統領は政務に多忙であるにも係らず毎日若干の時間を割いてこれを読んでいるとの事である。

東京朝日新聞明治三十七年七月二十六日(火)

英国船又拿捕 ロシア艦は紅海に於いて英国汽船アルドーバー号を拿捕した

房州沖の敵艦 今朝(25日)未明、房州沖に砲声らしきものを聞いた

英船撃沈される 英国汽船ナイトコマンダー号がロシア艦に捕獲され、撃沈させられた

アルゼンチン戦艦の売却 6隻の戦艦をロシアに売る話がある

英国船又拿捕(紅海) 25日ベルリン特約通信員発

ロシア艦は紅海に於いて英国汽船アルドーバー号を拿捕した。

ロシア外相ラムスドルフ伯は駐露英国大使に向かってロシアはその義勇艦隊に対し命令を出したがその命令は拿捕当時、丁度航行中であった義勇艦隊に届いていなかったためであると弁解した。

房州沖の敵艦 25日千葉通信員発

今朝(25日)未明、房州沖に砲声らしきものを聞いたと報告があり、又7時頃同沖にて帆前船がロシア艦に囲まれているのを見たといい更に勝浦にて10時頃ロシア艦3隻が東に航行するのが目撃されている。

英船撃沈される

英国汽船ナイトコマンダー号はニューヨークから上海を経て横浜に来る途中、一昨日の朝ロシア艦に捕獲され、撃沈させられた。乗組員中ヨーロッパ人はロシア艦に収容されウラジオストックに送られた。

解説:ロシア艦が7月22日以降、東京湾南方から相模湾、駿河湾南方を遊弋したため、汽船の運航は停止され、海上輸送は麻痺状態となっている。一方東郷連合艦隊は旅順のロシア艦隊と対決中で、また上村艦隊は大陸に兵を送る陸軍の海上輸送に必要な黄海や朝鮮海峡付近の制海権を確保しようとしており、手一杯であった。

アルゼンチン戦艦の売却 5月24日ベノスアイレス発

昨年12月下旬、2隻の新しい軍艦を迅速に密かに日本に譲渡したアルゼンチンの国名は殆どの国民が記憶していると思うがその国が6隻の戦艦をロシアに売る話があるとすれば以外に思うであろう。

そもそもアルゼンチンが軍艦を売却するようになったのは、長年の間、チリーとの間にあった国境問題がイギリスの仲裁で解決し、昨年5月平和条約が締結され軍備を縮小することになった。その為イタリー等に注文して建造中であった幾隻かの軍艦は使用の道を失い譲り渡す必要が生まれた。しかし大統領は厳正中立を守りロシアに売却をしないと言明した。

東京朝日新聞明治三十七年七月二十七日(水)

荒地開墾問題 この案について詳細に奏上したが皇帝陛下はこの件を了承すると申された

義勇艦隊問題 トルコ政府は英国政府の抗議に従って

ドイツ世論の趨勢 ドイツの新聞はこれまでロシア贔屓であった

米国に於ける金子男爵の気迫 我々日本人は、最後に残った一人となっても戦を止めない

荒地開墾問題 25日京城特派員発

林公使(駐韓国公使)は、次の公式文書を韓国外務省に送ったと言われている。

長森氏より荒地(韓国朝廷が所有する未開拓の荒地)開拓について要求しているのは、実は韓国の富を増進する為である。しかるに貴回答文書を見るとこの件を大いに誤解し問題を複雑にしている。その為皇帝陛下に謁見した時、この案について詳細に奏上したが陛下はこの件を了承すると申された。且つ又貴外務大臣も先に協議に応ずる様通達されていることでもあり、本案について妥協される事を希望する。

義勇艦隊問題一先ず決着 26日ロンドンルーター社発

トルコ政府は英国政府の抗議に従って、ロシア大使に対して今後義勇艦隊(武装商船)のダータネルス海峡(黒海と地中海を結ぶ海峡)の通過を許さない旨を通告した。

解説:軍艦であれば自由に通過できない海峡を、ロシアの武装商船が商船旗を掲げて通過し、紅海に於いて軍艦旗を掲げて、ドイツや英国の商船を臨検し抗議されている。

ドイツ世論の趨勢 26日ベルリン特約通信員発電

ドイツの新聞はこれまでロシア贔屓であったが今やロシアが行ったドイツ商船の拿捕に憤慨して、その反動で日本を賞賛するようになっている。

米国に於ける金子男爵の気迫 最近到着した新聞より

ニューヨーク ブルックリンにあるハミルトン倶楽部において、先日金子男爵の為に盛大なパーティーが開かれた。席上同男爵は日露戦争について長い演説を行い、最後に一声高く「我々日本人は、最後の一銭となるまで戦い、我々日本人は、最後に残った一人となっても戦を止めない」と大いに気炎を上げたが、満場たちまち総立ちとなり拍手喝さいが鳴り止まず大盛況であった。

解説:男爵金子堅太郎は、ハーバート大学法学部を卒業し、かって伊藤博文の助手として憲法草案に当たった。ルーズベルト大統領はハーバート大学の同窓であり、伊藤博文に依頼され、日露戦争の開始と同時にアメリカに渡り、大統領への和平工作と日本のPRを行っていた。演説の中に最後の一銭とあるが、当時外債を募集中であり、高橋是清(日本銀行副総裁)の努力でアメリカに於いて500万ポンドの外債募集に成功した。

 

東京朝日新聞明治三十七年七月二十八日(木)

ウラジオ艦隊の彷徨 27日午前2時ごろには東京湾60海里内外に居るようである

日米貿易の障害 横浜では、外国銀行が米国との荷為替取引を中止した

横浜停泊のチリー軍艦 30人の士官候補生を乗せて今横浜に停泊している

上半期の銀行の成績 上半期の決算を見るとほとんど何ら戦争の影響を受けていない

ウラジオ艦隊の彷徨

海軍当局者の判断によれば同艦隊は昨26日夕刻までは遠州灘付近に居たようであるが昨27日午前2時ごろには東京湾60海里内外に居るようである。

日米貿易の障害

横浜では、外国銀行が米国との荷為替取引を中止したため、米国小麦は5銭も高騰し、なお戦時保険が必要となった。昨日阿部商店がシャトルにある取引先に問い合わせると100円につき5円の保険料を払う必要があるとの事であった。

解説:ウラジオ艦隊のため貿易が困難となっている。

横浜停泊のチリー軍艦

チリーの練習艦ゼネラル、パキダノ号は艦長ルイズ、ゴメブ大佐の下に12人の将校30人の士官候補生を乗せて今横浜に停泊している。ガンダラ大尉の談によると、この練習艦は遠洋練習航海のため士官候補生を乗せて昨年本国を出港した。途中日露開戦の報に接し、両大国の実戦を見る千載一隅の好機であるので5月27日威海衛に到着したが何らの戦いも見ることが出来なかった。その為観戦を諦めチーフ、ターター、仁川、長崎、神戸を経て当港に入港した。8月15日横浜を出港し米国を経てチリー本国に帰るのは恐らく来年1月頃になるであろう。日本は前年チリー海軍のエスメラルダ号(今の和泉艦)を購入した関係等より因縁浅からないものがあり、日本に対し何となく懐かしい気がしている。

解説:この和泉艦とは、バルチック艦隊を最初に発見した信濃丸が発信した「敵艦203地点に見ゆ」の電報を受信し、以後バルチック艦隊と接触を保ち、その行動を連合艦隊に報告し続け、日本海海戦に貢献した巡洋艦和泉である。

上半期の銀行の成績

諸銀行の上半期の決算を見るとほとんど何ら戦争の影響を受けていない。銀行は一般商工業の鏡であることを考えると、一般商工業がほとんど戦争の影響を受けていないと考えられる。

本年上半期に於ける金融は、概ね前期と大差がない。預金金利は前期と同様であるが貸出金利はやや上向きであり、これは万事に神経の過敏である銀行家の常として前途を警戒し大事を取っている為である。

日清戦争の際にわが国経済界は10ヶ月に8千万円の公債に応じたが、少しも戦争の影響を受けず、却って戦後非常に活気を帯びている。それから10年我が経済界は急激の進歩を遂げ、何れの統計を見るに、我が富力は少なくとも5倍以上の実力を持つ様になっている。その為今回の戦争においては10ヶ月に8千万円の5倍、即ち4億円を内地で募集しても経済界が少しも影響を受けない道理である。

解説:日露戦争に於ける臨時軍事費は17,2億円で内陸軍12.8億円、海軍2.3億円、各省2.2億円であった。この内8億円は外債で賄われた。(日本の戦争 原書房より)

 

東京朝日新聞明治三十七年七月二十九日(金)

英米両国の激昂 内閣諸大臣の何れもが優柔不断なのは何故かと主張している

英国船又捕われる 英国汽船カルカス号はウラジオ艦隊によって捕獲された模様である

営口の占領 軍の一支隊は25日営口を占領した

大石橋占領詳報 敵は退却中であったので直ちにこれを追撃して大石橋以北に前進した

英米両国の激昂 26日ロンドン特約通信員発

露艦の船舶捕獲に対し英米両国民は非常に激昴しており、両国は連帯して抗議を申込む事になりそうである。

主要なロンドンの諸新聞は何れも政府に向かって断固たる処置を取るよう促し、この許すことのできない侮辱に対して内閣諸大臣の何れもが優柔不断なのは何故かと主張している。スタンダード新聞のごときは地中海艦隊及び支那艦隊を派遣してでも英国商船に被害が及ばないようにすべきであると極言している。

英国船又捕われる 28日ロンドン ロイター社発

米国ワシントン州より日本及び香港に向かっていた英国汽船カルカス号(6,748トン)はウラジオ艦隊によって捕獲された模様である。(何時、何処に於いては不明であるが来電のままを書く)

営口の占領 27日午後大本営着電奥大将報告

軍の一支隊は25日営口を占領した。営口停車場の諸建物は殆ど皆破壊され、同地にいた露国船舶は全て遼河の上流に逃れ、その守備兵は東北に退却した。又遼河には中立国船舶が自由に出入りしている。

大石橋占領詳報 27日午後大本営着電奥大将報告

軍は25日右翼部隊の強襲に次ぎ、明け方より敵の陣地を砲撃したが応射がないため、午前6時過ぎ攻撃、前進を開始した。敵は退却中であったので直ちにこれを追撃して大石橋以北に前進した。

解説:第2軍(奥大将)は5月に遼東半島(先端に旅順がある)の付根付近(朝鮮側)に上陸し、南下して「南山」を攻撃した。526日から始まった攻撃は大変な肉弾戦となり総員36,000名の内死傷者4,400名に及んだ。乃木大将の長男勝典少尉はここで戦死した。(軍医部長は作家として有名な森鴎外であった)。乃木大将の有名な漢詩「山川草木転荒涼」はこの戦いを歌ったものである。

その後第2軍は、得利寺の戦いを経て、遼東半島の付根付近(遼東湾)にある大石橋、営口の攻撃に向かい、この新聞が報道するように724日から攻撃を開始し26日占領した。総員56,000名の内死傷者1,200名弱であった。参考文献:近代の戦争(人物往来社) 

東京朝日新聞明治三十七年七月三十日(土)

特許謝絶の公文 荒地開墾許可申請を拒絶する公式文書が韓国朝廷より送られてくる

英国とその被害 英国船が露国軍艦に破壊される事を見過ごすことは決して出来ない

26,7日の旅順 第三軍は7月26日の未明からロシア軍の前進陣地に攻撃を始めている

大島沖の艦影砲声 房州より12海里の海上を軍艦2隻ゆっくり南航するのを見た

海運の損害1500万円余 帝国の海運事業に於いて1500万円余の損害である

特許謝絶の公文 29日京城特派員発

去る27日電報した荒地開墾許可申請を拒絶する公式文書が韓国朝廷より我が公使に送られてくる様である。その内容は既に報道されたものと変わりない。

解説723日「日韓国朝廷の拒絶問題」、727日「荒地開墾問題」に関連記事がある。                                          英国とその被害 29日ロンドン特約通信員発

デイリーテレグラフ紙は政府も国民も戦争を希望するものではないが、さりとて英国船が露国軍艦に破壊される事を黙って見過ごすことは決して出来ないと絶叫している。

海軍が出動準備を命じられたとの風説があるがこれには根拠が無いと思われる。

26,7日の旅順 28日チーフ特派員発電

26日午後3時半羊頭湾を出発したジャンクに聞いた話では、25日夜半砲声を聞く。黄金山方面の日本艦隊が発砲していると思われる。26日午前4時頃になって1時間ほど休止し5時頃より27日夕刻本船がチーフ沖に来るまで引き続き激しい砲声を聞いた。

解説:7月中旬大山総司令官と乃木第三軍司令官が会見し、旅順の早期攻略が決定された。25日総攻撃の命令が下され、第三軍は7月26日の未明からロシア軍の前進陣地に攻撃を始めている。参考文献:世界の戦史(人物往来社) 

大島沖の艦影砲声 28日午後11時50分大島発電

尾形村捕鯨船漁師の話では28日午前11時頃房州と大島の間に於いて、房州より12海里の海上を軍艦2隻ゆっくり南航するのを見た。続いて午後0時20分砲声を一発聞いた。午後4時20分頃砲声三発、午後6時頃砲声8発を聞いたが徐々に遠ざかったようである。

海運の損害1500万円余(ウラジオ艦隊のために)

本月25日ウラジオ艦隊が我が津軽海峡を通過して以来今日まで帝国の海運事業に於いて直接に蒙った損害は雇入れ外国船20万トンに対しての分のみで1500万円余の損害であるといわれている。

 東京朝日新聞明治三十七年七月三十一日(日)

納会の期米 関西地方の米価が凄まじい好気配で売買された

露相暗殺と英国新聞 故内務大臣は露国に於いてさえ異例な程の専制主義者

津軽海峡通過 ウラジオ艦隊3隻は津軽海峡を東より西に通過した

横浜停泊船出帆 海軍省に照会の結果出港は差し支えないとの回答があり出帆した

 

肥後新米の売り

肥後八千代新米が5俵(4斗入り)出て、ご祝儀として6円の相場が付いた。昨年より15日早いとの事であった。(1斗1.5円にあたる)

納会の期米

軍用米の買上げを材料として関西地方の米価が凄まじい好気配で売買された結果、大体買い一色に満たされ、昨日は1310銭代よりも更に20銭代と高値で納会した。

 

解説:当時の新聞には毎日米の相場が出ているが単位は、1石らしい。現在の10kg入り袋は、0.05石(1合=200g)にあたる。これからみると米1合は約1.3銭となる。但しこれは卸で小売は3銭程度と考えられる。

100年前、軍隊の売店で酒110銭、煙草6銭で買うという記事があった。インターネットで見ると新潟の久保田千寿 一升約2467円、新潟のこしひかり10kg6720円である。それぞれ1合とすると酒約250円(新橋の居酒屋で500円前後)、米134円、また煙草は270円位の関係であり、100年前も米の相対的な価格は現在と同様タバコの半額程度と思われる。

露の国内治安が悪化 29日ロンドン特約通信員発

露国国内の形勢次第に不穏となっているようであり更に内務大臣ブレーヴェの暗殺は現在よりももっと状態が悪化する前兆ではないかと思われる。

露相暗殺と英国新聞

英国新聞は加害者の行為を非難すると同時にこれは止むを得ないことでもあったと言っている。故内務大臣は露国に於いてさえ異例な程の専制主義者で、ボイラーで例えれば全ての放水管を閉じ、全ての安全弁を閉じていたために爆発が起きたようなものである。

解説:内務大臣はフィンランド人が投げた爆弾により殺害されているが、このコーナーの明治37年6月22日の新聞にフィンランドのロシア総督がフィンランドの青年により暗殺された記事がある。

津軽海峡通過 大本営海軍幕僚

函館敷設隊司令その他の情報を総合するとウラジオ艦隊3隻は本日30日午後1時頃より6時頃までの間に津軽海峡を東より西に通過した模様である。

横浜停泊船出帆

上海行き、神戸行き、宇品行きの各1隻は昨日午後4時に出帆、半田行き、四日市行き各1隻は同3時半横浜港を出帆した。これは最初港務局より出帆を見合すよう通知があり、一度見合わせていたが海軍省に照会の結果出港は差し支えないとの回答があり出帆したものである。

太陽丸入港

伊豆下田に避難中であった東京湾汽船の太陽丸は昨日午前1時頃無事に東京に入港した。同船が下田港に避難したのは去る24日であり27日までは何らの異変も無かったが、28日午前1時頃より4時頃まで神津島付近において連続砲声を聞いた。しかし其の前後では何も聞いてないとの事であった。