明治37年10月の世界情勢

主要記事

期日 日本関係 期日 露国関係 期日 英米関係 期日 その他
10月2日 佐世保雑記 10月14日 我が軍大勝利  10月11日 独、米の禁制品供給 10月4日 戦局の新勢
10月8日 株式相場の趨勢 10月15日 追撃大戦続報 10月17日 英国の新聞  10月5日 日本は果たして弱小国家 
10月8日 軍艦内の食事 10月16日 敵軍の総退却 10月19日 沙河大勝と世界  10月7日 日本の食料品注文 
10月9日 戦費に関する概報 10月17日 露都の憂鬱      10月7日 モロッコと佛スペイン両政府
10月10日 海軍衛生の好成績 10月18日 沙河会戦未終局     10月9日 四川金鉱採掘申請 
10月19日 黒木大将はポーランド人 10月27日 攻囲軍成績     10月21日 英炭売込み
10月16日 白米小売相場 10月30日 スペイン動かざる     10月24日 敵の死傷広報 
10月17日 捕虜連隊長は我が友人 10月31日 敵艦タンジール着     10月25日 バルチック艦隊の暴行 
10月24日 日本の注文した潜航艇         10月26日 露艦暴行事件詳報
10月25日 士官学校卒業式         10月29日 英露間事態ますます重大
10月30日 明年度財政計画            

世界情勢

東京朝日新聞明治三十七年十月一日(土)

露艦新造の注文 11隻の水雷駆逐艇を発注し又別にバーヤン型巡洋艦4隻を交渉中

奉天の敵軍動静 両軍対峙して彼が1歩退けば我1歩進む有様である

英国の石炭 露国への石炭供給は今尚カージフに於いて引き続き行われつつあり

露艦新造の注文 30日ロンドン ルーター社発

パリー発行タン新聞の報道によれば、露国政府は地中海シャンチェにある造船所に15ヶ月後に引渡しの契約で11隻の水雷駆逐艇の建造を発注し又別にバーヤン型巡洋艦4隻の契約を交渉中である。

奉天の敵軍動静 29日錦州特派員発電

奉天の露兵は汲々として防備を修めつつあり。日本軍も準備未だ全く整はないようで攻勢を取るまでに至っていない。両軍対峙して彼が1歩退けば我1歩進む有様である。そして露軍は専ら奉天の東北高地付近に集中しつつあるようである。

英国の石炭 30日ベルリン特約通信員発

英国が露国に対する石炭の供給を禁止したとの報道があるが多量の石炭が日露両国に売り渡されている事実と将に矛盾している。露国への石炭供給は今尚カージフに於いて引き続き行われつつあり、英、佛、独、スエーデンノールウエー諸国の船舶は同じようにこれら石炭の運送に従事している。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二日(日)

各部大臣の権限拡大 今後は各部大臣の権限に属す事は上奏して裁可を仰ぐ必要がない。

李載克氏の使命 教育、軍事、内務、司法、宮内、警務等の諸制度を各自が分担して視察

英チベット条約と露国新聞 露国新聞は手厳しく英チベット条約に反対

佐世保雑記 1月から8月の7ヶ月間で3001頭の牛を食べている。

各部大臣の権限拡大 1日京城特派員発

韓国朝廷の各部に於ける政務は、これまで大小となく全て皇帝に上奏して裁可を仰いだ後執行する慣例であったが今後は各部大臣の権限に属す事は上奏して裁可を仰ぐ必要がなく直ちに執行できる事に決定した。

李載克氏の使命 (同上)

日本に派遣されるよう命を受けている文部大臣李載克(りさいこく)氏以下6名は教育、軍事、内務、司法、宮内、警務等の諸制度を各自が分担して視察するため近く出発する予定である。 

解説:本紙9月16日の記事にあるように、日本は韓国と日韓協定を結んでおり韓国政府の行政改革に乗り出している。

英チベット条約と露国新聞 1日ベルリン特約通信員発

ジュルナル、ド、サンペテルスブルグ紙及びその他の露国新聞は手厳しく英チベット条約に反対し露国は断じてこれを承認することは出来ないと述べている。

解説:本紙9月25日、27日、29日にこの条約についての記事がある。

佐世保雑記

佐世保は一漁村に鎮守府が置かれ、人口が増え、従って当然食糧の消費が増加するが当地は魚介、野菜、山の幸と海の幸を兼ね備えている。そして牛、豚、鶏の肉を利用するという海軍の風習も行われており、肉食の習慣が一般市民のみならず田舎にも及んでいる。 特に料理の上手な事には感服の他ない。1月から8月の7ヶ月間で3001頭の牛を食べている。

当地は水が悪く飲料に適しないため、佐世保鎮守府水道の剰水から給水用の車で運搬し2名の人間が供給している。しかしこれは無料ではなく約6升入りの手桶で6銭である。

解説:佐世保市の水道の歴史が次のURLにあり、明治36年4月には20升2銭で水を販売となっている。http://www.city.sasebo.nagasaki.jp/SUIDOU/REKISI.HTM

佐世保は、現在でも海上自衛隊の隊員にとって最も人気の高い所です。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月三日(月)

旅順敵将頑強 士官兵士の多数は降伏を希望するがステッセルは頑として応じない

クロパトキン奉天にあり 敵の主力が奉天付近に居るとの説が最も確実と思われる

旅順敵将頑強 2日チーフ特派員発電

30日午後2時老鉄山付近発ジャンクの情報によれば、旅順水道の水源地は21日日本軍のために破壊され、露軍は目下井戸水から飲料水を得ている。士官兵士の多数は到底旅順は守りきれない事を知り、降伏を希望するがステッセルは頑として応じなくて、本国から多数の軍艦が間もなく来ると知らせ士気の高揚に努めている。

クロパトキン奉天にあり 2日営口特派員発

クロパトキン将軍の率いる敵の主力が所在している場所については、諸説あるが奉天付近に居るとの説が最も確実と思われる。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月四日(火)

旅順漏信 軍艦には水兵は居なくて両舷にある大砲は殆ど要塞に引き揚げられている

露国御前会議 その議題は満州軍の総司令官を推挙する事であった

戦局の新勢 日本軍は塹壕を築いて防禦を第1にしている

旅順漏信 3日チーフ特派員発電

ジャンクの情報によれば、最近は激しい戦闘こそ行われていないが、29日は朝8時より午後2時まで猛烈な砲声が、30日は午後7時より翌1日午前8時まで途切れ途切れであるが砲声が聞こえた。

軍艦には水兵は居なくて艦首や艦尾の大口径砲はそのままであるが両舷にある大砲(やや小口径)は殆ど要塞に引き揚げられている。

 

露国御前会議 

露国皇帝は9月27日御前会議を開いた。その議題は満州軍の総司令官を推挙する事であった。クロパトキン反対派は大公ニコライウイッチを推薦し、そしてクロパトキンを単に第1満州軍司令官と主張し、クロパトキン派は、クロパトキンを総司令官とし現第17軍団長ビルテルリングを第1満州軍司令官に任命すると主張した。皇帝は逡巡して決定出来なくて再度会議を開く事とされた。

解説:本紙9月29日、30日にこれに関連する第2満州軍を編成する記事がある。

戦局の新勢 3日ロンドン ルーター社発電

日露両軍共に暫く活発に戦闘をしないのは戦局の新しい傾向を示している。遼陽の戦闘は明らかに戦闘の第1段を終了し、日本軍は今や新戦略を採用する必要に迫られている。日本軍は今すぐにも東方から攻撃する旋回運動を計画しなければならないのに塹壕を築いて防禦を第1にしている。

解説:日本軍は露軍と戦闘開始以来連戦連勝であったが後方補給が追いつかないのが現実で、特に将校や軍事品の不足に悩まされていた。一方ロシア軍の兵力は9月下旬の増援部隊を含めると38個師団となり、これに対して日本軍は20個師団であり攻勢作戦を取るには無理があった。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月五日(水)

物議について 遼陽においては絶対に略奪は行われた事は無い

昨今の旅順の敵兵数 旅順にある敵の兵力は到底1万には達していない

日本は果たして弱小国家であるか 日本は武力の点においても我が英国に勝っている

物議について 3日ロンドン特約通信員発電

ロンドンタイムス東京通信員は、日本に関する各種の問題を論じているが、その中で遼陽においては絶対に略奪は行われた事は無く、英国宣教師に対する襲撃は暗闇の為人違いをした結果であり、この宣教師は日本軍の軍紀が厳正なことを賞賛していると述べている。

昨今の旅順の敵兵数 4日門司特派員発電

旅順方面より帰ってきた某氏の情報によれば、旅順にある敵の兵力は第1回攻撃当時、1万45000名であったようであるが今は到底1万には達していないと考えられる。

日本は果たして弱小国家であるか 820日英スペクテートル社発

欧州大陸諸国、特に露国は、日本は弱小国家であり、その国民が如何に勇敢であっても遠からず国力が枯渇し、自ら崩壊すると確信しているようである。しかし日本の面積を清国や露国と比較すれば小さいが世界の一大強国である英国と比較すれば、台湾をのぞき、面積は26千平方マイルで英国本土より広い。そして日本の人口は、44百万で英国より3百万人、佛より6百万人多くて、殆どオーストリーハンガリーと同じである。

日本は武力の点においても我が英国に勝っている。英国艦隊は恐らく日本艦隊を壊滅させる事は出来ないであろうが日本艦隊は露国艦隊を壊滅させた。私は決して国力枯渇説を信じない。

解説:本紙813日旅順海戦詳報、8月15日ウラジオ艦隊撃沈で報道されている様にこれら海戦でロシアの太平洋艦隊は壊滅している。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月六日(木)

露国内相の所見 :敵の隆盛は独り露国のみならず他の欧州各国にも又危険を及ぼす

韓国地方兵の暴行 暴行の原因は、我が軍隊に対して遺恨を持つ兵士

2太平洋艦隊の動静 103日、5日、6日は、駆逐艦の魚雷発射訓練を行った。

露国内相の所見 某所着電

ロカルアンツアイゲル紙に掲載された露都通信の露国内務大臣談話によれば次のように述べている。

極東において、その勢力を良く知られていなかった敵国は我々一同に対して立ち向かっており、この敵が隆盛になってくると独り露国のみならず他の欧州各国にも又危険を及ぼすものである。故に欧州は日本に同情をしてはならず、英国もまた今やこれを理解しているに違いない。東洋の敵を一緒になって撃破する事は極東において我の安全な将来を確保する唯一の手段である。

 韓国地方兵の暴行

その筋に達した電報によれば、10月1日韓国の兵士60~70名が本邦商店に乱入して暴行をはたらき我が駐在巡査及び在留邦人が負傷した。在留邦人一同は横田分館(日本政府関係の地方組織と思われる)主任の宿舎に避難している。暴行の原因は、我が軍隊に対して遺恨を持つ兵士がおり、横田分館主任を軍人と誤解して暴行に及んだという事である。鎮圧のため我が部隊を派遣して事件が落着するまで、韓国地方隊の武器、弾薬をわが方に預かった。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月七日(金)

日本の食料品注文 多量の食料品を欧州に注文しているがその主なものはビスケット

モロッコと佛スペイン両政府 テツアンとタンジールはスペインの勢力圏に入る

奉天大戦の期 全軍の戦闘は近い将来起こるように思える

日本の食料品注文 5日ベルリン特約通信員発

ニューヨークヘラルドの報道によると日本は多量の食料品を欧州に注文しているがその主なものはビスケットである。これらは地中海の一港より汽船に積み込み、同船は英国の国旗を掲げて日本に向かうようである。

解説:本紙8月5日の記事によると日本陸軍の主食にはビスケットが含まれている。

モロッコと佛スペイン両政府 6日ベルリン特約通信員発

モロッコに関する佛スペイン間の条約が締結された。この条約によれば今後15年間テツアンとタンジールはスペインの勢力圏に入る事となった。

解説:タンジールはバルチック艦隊が寄航することとなる最初のアフリカの港で、モロッコのサルタンは、中立港としての義務に関する国際法に無頓着で、同艦隊を歓迎したが、ロゼストウインスキー中将が全行程を通じ歓迎された唯一の港となった。

 奉天大戦の期 6日パリー通信社発電

奉天よりの電報によれば全軍の戦闘は近い将来起こるように思える。前線の小さい衝突が絶えず発生している。

 

 東京朝日新聞明治三十七年十月八日(土)

日米関係の佛人観 米国はアジアの商業を独占したいと考えている

株式相場の趨勢 戦勝の結果有価証券は殆ど開戦前と同等となった

軍艦内の食事 ご飯に一皿の煮込みと大根漬2切れを副えたものであった

日米関係の佛人観(フランス人の見方) 6日ロンドン特約通信員発

現在でも有力な政治家である佛国の前首相であるメリーヌ氏は次のように述べた。

米国はアジアの商業を独占したいと考えており、米国が今回の戦争で日本に同情するのはこの為であり、この同情はやがて日米同盟に変化するであろう。

株式相場の趨勢

昨年冬から今春にかけて日露開戦を避けることができない情勢となって概ね10円程暴落し、次いで2月にいよいよ国交が断絶されると更に10円程暴落してしまった。しかし2月9日の海戦で制海権をわが方が獲得すると一躍10円程回復し、そして5月1日の鴨緑江の戦闘で我が陸軍が敵に比べ非常に優勢である事が明らかになると更に10円程回復した。この両戦勝の結果有価証券は殆ど開戦前と同等となった。

 軍艦内の食事 佐世保特派員発

兵員の夕食の献立を実際に見る事が出来たが、この日の夕食は白米と割り麦を混ぜ合わせたご飯に一皿の煮込みと大根漬2切れを副えたものであった。煮込みは生いわしとレンコンである。食事の時間は、冬期では朝食午前7時、昼食11時45分、夕食午後3時45分と規定されている。夕食の時間の早いのは停泊中、上陸が許可される半舷(乗組員の半数)の便宜を図っている為である。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月九日(日)

四川金鉱採掘申請 英国人リッター氏は金鉱を支那人との共同採掘の許可を申請中である

財務顧問権限 韓国政府は財政に関する一切の事務に関し先ず目賀田の同意得る事

戦費に関する概報 今日まで支出した軍事費の総額は約3億3千万円

四川金鉱採掘申請 8日北京特派員発

英国人リッター氏は技師を派遣して四川省打箭炉(しせんしょうだせんろ)地方の金鉱を調査させた結果、非常に有望である事がわかったので支那人と共同して採掘の許可を申請中である。

財務顧問権限 7日京城特派員発

現在韓廷(韓国朝廷)と交渉中である目賀田顧問招聘の件では近く調印される筈であるが次の重要な条項か含まれている。

1 韓国政府の財政諸般について審議立案に責任を持つこと。

2 韓国政府は財政に関する一切の事務に関し先ず目賀田の同意を得る事及び各部の財務に関する件は上奏前に目賀田の同意を要する事

解説:本紙9月6日に日韓協約が結ばれ、財政顧問をおく事が報道されている。

戦費に関する概報

開戦以来今日まで支出した軍事費の総額は約3億3千万円であり、既に支出の承認されている額は5億円に達している。1ヶ月の平均で幾らの軍事費が必要になるかは明確に言えないが強いて言えば約4千万円内外である。来年度の予算については未定であるが曽根蔵相は増税を明言している。

解説:本紙8月3日に戦時財政について関連記事がある。

 

明治三十七年十月十日(月)

独逸の禁制品売込み 露国の為に潜航水雷艇を建造中である

旅順敵船3隻撃沈 某山に設置した砲によって港内に停泊中の敵艦に対して猛烈な射撃

海軍衛生の好成績 艦隊を通じて脚気に罹っている患者は僅かに14人に過ぎない。

黒木大将はポーランド人 ポーランド貴族と日本婦人との結婚により生まれた。

独逸の禁制品売込み 8日ロンドン特約通信員発

漏れ聞く所によれば独逸のゲルマニア造船所において露国の為に潜航水雷艇を建造中である。又バルカン商会は絶えず軍用品を露国海軍省に納入している。

旅順敵船3隻撃沈 9日佐世保特派員発電

一昨日より旅順の包囲軍は某山に設置した砲によって港内に停泊中の敵艦に対して猛烈な射撃を行ったが砲弾は市街及び敵艦上に落下し盛んに火災が起こり、軍艦か汽船か不明であるが間違い無く大型船3隻を撃沈した。

解説:第3軍(乃木大将)の9月19日からの攻撃により第1師団右翼は、203高地の奪取には失敗したが「なまこ山」を手に入れることができた。この頂上からは旅順市内が人目で見渡せる上に旅順口の一部も見えたのでロシア艦船の攻撃には有利となった。某山とはこの「なまこ山」と思われる。

海軍衛生の好成績 

我が軍隊が去る17年より兵食の改良を行った結果、翌18年より今日に至る間脚気に罹る者は殆どなくなってしまった。そのため艦隊を通じて脚気に罹っている患者は僅か14人に過ぎない。兵食改良と言えば世間の人の多くは味を良くすることと考えるがそうではなく軍隊の兵食改良とは専ら栄養分に重点を置いている。

解説:本紙8月25日の記事「艦隊の健康」に脚気について関連記事がある。

 

黒木大将はポーランド人

我が軍の連戦連勝はポーランドの同情を買いポルスキエ、ステロ新聞の如きは甚だしい憶測を巡らし、黒木大将はポーランド貴族クロウスキーと日本婦人との結婚により生まれた人で、現に同大将の甥の大島ヨシカという人物がベルリンに留学していると書きたてた。

 

明治三十七年十月十一日(火)

露帝の艦隊告別 露国第2艦隊を検閲し且つ告別の目的で「リバウア」に向かい出発

独、米の禁制品供給 バルチック艦隊に石炭を供給する為42隻の汽船を雇入れた

韓国勧農会社 仁川在住の邦人有志が「韓国勧農会(かんこくかんのうかい)」を設立

露帝の艦隊告別

露京(ろきょう:ロシアの首都)発新聞電報によれば、露帝は露国第2艦隊を検閲し且つ極東に向かって出航するに先立ち告別の目的で10月8日正午幾多の大公を伴って「リバウア」に向かい出発されたという。

独、米の禁制品供給 10日ロンドン ルーター社発電

ラスパルマス港に停泊しているドイツ石炭船の船長の話によると、ハンブルグ、アメリカン汽船会社はバルチック艦隊に石炭を供給する為42隻の汽船を雇入れた。その内12隻がラスパルマス港に来る予定である。

解説:独逸皇帝ウイルヘルム二世は、バルチック艦隊の回航を支援するため、ハンブルグ、アメリカン汽船会社に60隻(この新聞では42隻とあるが)の石炭船を用意し、順次寄港地に先回りさせていた。

韓国勧農会社

韓国の仁川在住の邦人有志が設立した「韓国勧農会(かんこくかんのうかい)」は会員

54名、出資額9千65円で、本日までに買収した土地は、水田72町3反(1反あたり平均9円80銭で購入、約72ha)、畑9町5反8畝(1反平均3円、9.5ha)、未開墾地110町(1反平均1円40銭)に達している。本年より水田の収穫があり、1反あたり1石は確かで、小作料を5斗として5斗の実収がある。1石8円とすれば1反あたり4円の利益が上げられる。

将来は韓国勧農株式会社に改め資本金を50万円に増やす予定である。

解説:昔の単位を現在に直すと10町(100反)=約1haである。小作とは土地を借りて農業を行い、今回は収穫の半分を自分の取り分としている。

 

明治三十七年十月十二日(水)

大戦開始 大戦がいよいよ開始されようとしている

敵帥の軍令 我が軍はこれより勇猛なる敵に対して必ず勝利を得る

大戦開始 11日営口特派員発電

奉天の敵軍は全線攻勢を取り、大戦がいよいよ開始されようとしている。

敵帥の軍令 10月8日 ロンドン ルータ社発電

クロパトキン大将は次の命令を発した。

今や我が軍は攻勢を開始するに十分な兵力を備えるに到り、全軍が渇望するように前進し、会戦する機が正に熟した。我が軍はこれより勇猛なる敵に対して必ず勝利を得る。露国にとって勝利の必要なことは無論特に旅順口に於ける露国人を救援する為にも勝利を得ることが如何に必要か各自深く心に銘じなければならない。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月十三日(木)

我が軍の情況 明朝より攻勢に転じ、敵の主力を求め攻撃しようとしている。

旅順敵艦現状 残存艦隊は全て東港の白玉山の山陰に避難

我が軍の情況

右翼軍は橋頭守備隊を応援の為一縦隊を派遣した。又7日以来城廠方面にも敵襲を受けつつある。本渓湖支隊の方面の敵に対して軍は今朝より一縦隊をもって増援し、目下戦闘中であるがその情況は不明である。

中央及び左翼隊は前面の敵に対して対戦中である。

本官は目下の状況において敵が未だその兵力を運河左岸に集結する前にこれを撃破するために明朝より攻勢に転じ、敵の主力を求め攻撃しようとしている。

旅順敵艦現状

12日某所に達した情報によれば旅順港内の残存艦隊は全て東港の白玉山の山陰に避難し、巧みに陸上からの砲弾を避けており、港内には1艦も残っていない。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月十四日(金)

 我が軍大勝利 本渓湖方面において各所の敵の逆襲を撃退した

 我が軍大勝利 10月13日午前第本営着電

本渓湖方面において各所の敵の逆襲を撃退し僑頭と本渓湖間の連絡が今や確実となった。

右翼軍の主力及び中央軍の追撃は大いに進捗しており砲兵を有する敵の一部隊は包囲されて大混乱を極めており、その他は逐次北方に壊走しているようである。

右翼軍は本渓湖付近にある敵の退路を遮断するために石橋子に向かって一部隊を派遣するが午後3時頃には目的地に進出する事が出来るであろう。捕虜の言によればクロパトキンは約3個師団の兵力を擁して右翼主力軍に対した敵の後方にある。

解説:10月8日夜有力なロシア軍が本渓湖へ進撃して来て、沙河の戦いが始まった。本渓湖守備隊はレンネンカンプ大兵団とサムソノフ騎兵師団に包囲され、12日になると弾薬も底をつき、最後を覚悟していた。その時救援に来た騎兵第2旅団が太子側対岸のロシア軍の側面に機関銃で奇襲攻撃を行い、不意をつかれたロシア軍は総崩れとなり守備隊はようやく危機を脱することができた。(近代の戦争 人物往来社より)

 

東京朝日新聞明治三十七年十月十五日(土)

追撃大戦続報 本渓湖方面は、今早朝(13日)より攻勢に転じた

追撃大戦続報 10月13日夜大本営着電

本渓湖方面は昨日(12日)、しばしば敵の逆襲を撃退し同日午後5時ごろより、敵兵が退却する兆候があるためこの方面の我が軍は今早朝(13日)より攻勢に転じたがその後の情況は不明である。

載仁親王殿下の率いられる騎兵の大集団が敵の左側の背後に出て、その予備隊を混乱させたためこの方面の戦況を回復するために大いに力になった。そしてこの騎兵団は更に敵の背後に向かい前進する筈である。

解説:昨日の本紙で本渓湖守備隊があわや全滅かと思われるような危機に瀕し、それを救ったのが騎兵旅団と書いたがそれが閑院宮載仁親王殿下の指揮する騎兵第2旅団である。

この旅団は、第1軍兵站司令部のある橋頭へ救援を命じられたが予想したほどそこの情勢は切迫していなかったので旅団長は独断で橋頭を離れ、本渓湖へ向かった。

(近代の戦争 人物往来社より)

 

東京朝日新聞明治三十七年十月十六日(日)

敵軍の総退却 各方面とも我が軍が攻勢を取り、遂に敵軍は総退却を始めている

正米標準相場 上米13円70銭

白米小売相場 1円につき1等白米5升

敵軍の総退却

5日間の大会戦に各方面とも我が軍が攻勢を取り、遂に14日午後より敵軍は総退却を始めている。その退路は撫順(ぶじゅん)、旧站(きゅうたん)、奉天(ほうてん)の三つの道を通っているようである。本渓湖方面に前進した約3個師団の兵は撫順街道を通り、撃退された敵の主力は刻心台方面より旧站街道を通り、敵の右翼約2個師団は沙河堡より奉天街道を通り皆奉天に向かって退却したようである。

解説:日本軍は10日から攻勢に出た。ロシア軍の攻勢も激しく、いつまでも彼我の力投がつづいた。12日になって第2軍の第6師団が、浪子街(ろうしがい)を攻め取り、敵陣に大穴をあけた。これがきっかけとなり戦局は日本軍に有利となり、13日になると、ロシア軍に退却の様相が見え始めた。(近代の戦争 人物往来社より)

正米標準相場(明治36年米 1石あたり)

上米13円70銭 、中米12円99銭 、下米12円20銭 、平均12円96銭

白米小売相場 無砂搗精白米(砂が入っていない白米と思われる)1円につき 

1等白米5升、2等白米5升2合、3等白米5升4合、4等白米5升7合、5等白米6升

解説:混砂搗精白米(砂が混じった白米)の相場も書かれているがそれぞれ約3合増しとなっている。

現在の10kg入り袋は、1合=200gとすると50合である。本日の小売相場である1等白米5升(50合)=1円からすると、10kgで1円である。これからすると現在の物価は約5千倍程度になっている。

東京朝日新聞明治三十七年十月十七日(月)

露都の憂鬱 満州よりの電報は当地の人心を深く暗い気持ちにさせている

英国の新聞 クロパトキン将軍は博打を試みたが見事に失敗したものである

捕虜連隊長は我が友人 村田少将はこの連隊より招待された事があった

露都の憂鬱 15日ロンドン特約通信員発電

セントピータースブルグのルーター通信員の電報によると満州よりの電報は当地の人心を深く暗い気持ちにさせており、クロパトキンの宣言により喚起せられた高揚感と比べて全く反対となっている。露軍の損害は8千人と信じられている。

解説:本紙10月12日にクロパトキンの宣言があるが今回も敗北がはっきりしてしまった。沙河の戦いで、ロシア軍は22万2千人が参加し死傷者4万1千346人であった。日本軍は12万人が参加し死傷者は2万497人であった。(近代の戦争 人物往来社より)

英国の新聞 15日ロンドン特約通信員発電

タイムス新聞の主張によれば、露国政府はクロパトキン将軍及び其の指揮下の軍隊で、日本軍と対戦し相撃ちで倒れるか或いは今までの失敗を取り返すことが出来るか二つに一つの博打を試みたが見事に失敗したものである。

捕虜連隊長は我が友人

三塊石山(さんかいせきざん)に於いて捕虜となった連隊長は大佐であり、その名をカレボフという。ペテルブルグ第1軍団の第145連隊に属する。今回初めて戦闘に参加したがこの連隊は露都にあるため、村田少将はしばしばこの連隊より招待された事があって前の連隊長は知人であったそうである。また田中少佐(義一、後大将で首相)が露国留学中はこの連隊に於いて戦術の研究をした事があるとのことであった。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月十八日(火)

沙河会戦未終局 現在沙河の右岸では退却を続行せず我と対峙したままである

朝野愕然全国動員 15日頃御前会議を開きその結果露国全軍を動員することに決した

沙河会戦未終局

沙河の会戦は一段落したがしかし終局となったわけではない。左翼軍の方面に敵がしばしば逆襲して来るのは結局右翼方面の退却を安全にするためである。他の方面の敵も全員退却はしたけれどなお開戦以来我が軍の前面に展開してない部隊があり、現に退却全線を援護する重要な役割を占めている。この為か現在沙河の右岸では退却を続行せず我と対峙したままである。何らかの動機で再び攻撃してくる事も考えられる。従って沙河の会戦は未だ終局と見るわけにはいかない。

 

朝野愕然、全国動員(欧州より某所に達した電報)

露国は朝野ともに沙河に於ける大敗戦のために愕然としている。皇帝は作15日頃御前会議を開きその結果露国全軍を動員することに決した。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月十九日(水)

沙河大勝と世界、日本軍が全線にわたり攻勢を取ったのは従来未だ見た事がない戦法

山田混成部隊の苦戦について 退却する敵は倍する兵力で俄かに逆襲し、山田部隊を包囲

沙河大勝と世界 17日ロンドン特約通信員発電

今回の会戦における日本軍の勝利は、一般にその価値が大きいと認識されており、日本軍が単に防禦のみを行うという事がなく全線にわたりことごとく攻勢を取ったのは従来未だ見た事がない戦法であり軍事評論家が驚嘆している。

一般の認めるところでは、日本は敗北すればその国を失う恐れがあるため如何なる犠牲を払っても無理のないところであるが露国に至っては全く官僚の野心のために戦っているので、日本とは事情が異なる。

山田混成部隊の苦戦について

この日我が左翼軍が鉄道線路に沿い沙河右岸(さかうがん)にある敵の右翼を攻撃した際、山田混成部隊は迂回して左翼軍に対する援護運動をなし、敵を撃退してその任務を全うして、旧陣地に退却する事となり、ことさら夜に入って退却する最中、敵は倍する兵力で俄かに逆襲し、山田部隊を包囲し攻撃をした。

解説:第4軍の山田部隊は、第2軍の右翼と協力して沙河付近の敵に猛攻撃を加え、15日の夕方沙河河畔の万宝山を占領した。ところが引き続いて第2軍が進出できる状況ではなく、かえってロシア軍は万宝山付近に精鋭を送り込んできた。やむなく後退を命じたが既に遅く万宝山は三方から敵に囲まれてしまった。山田部隊は非常な損害をこうむって退却した。これがいわゆる万宝山の敗北である。(近代の戦争 人物往来社より)

バルチック艦隊の東航(16日外務省に着電)

戦闘艦6隻巡洋艦12隻駆逐艦6隻輸送船5隻及び石炭船3隻よりなる露国バルチック艦隊は、今17日ランゲルランド(デンマーク)水道に投錨し、目下石炭を搭載中である。明日18日海峡を通過して東洋に向かうはずである。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十日(木):

韓国駐屯軍司令官公示 鉱山採掘、森林伐採に従事する希望者は予め軍司令部の許可

捕虜送還(松山) リューリックの老主計兵1名等は本日帰国の途についた

増派艦隊機関士の不足 現在機関科士官と熟練した機関兵の不足に悩んでいる

韓国駐屯軍司令官公示 18日京城特派員発

我が韓国駐屯軍司令官は軍政施行地域内に於いて多数の人員を使用する事業は、軍事行動に影響を及ぼす為、軍政施行地域内の全ての鉱山採掘、森林伐採に従事する希望者は予め軍司令部の許可を受ける必要があると公示した。

捕虜送還(松山)

本人の熱望により特に帰国を許されたリューリックの老主計兵1名と不具となった捕虜12名、衛生兵21名は本日帰国の途についた。

増派艦隊機関士の不足

ロンドンタイムス露国通信員の報道によれば、露国海軍は現在機関科士官と熟練した機関兵の不足に悩んでいる。特に機関長及び次席機関士の補充に一番困っている。露国は開戦以前に一時に多数の機関士及び機関兵を東洋に派遣したため、現在バルチック海に残っているのは中級の技術の持ち主のみでその数も非常に少ない。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十一日(金)

英炭売込み 50万トン以上のウエルシュ炭が地中海西アフリカ及び喜望峰に積み出し

英炭売込み 20日ロンドンルーター社発電

50万トン以上のウエルシュ炭及び巨額の特製燃料は今年10月より11月、12月までの間に露国のために地中海西アフリカ及び喜望峰に向かい積み出されるはずであり、その注文は主としてハンブルグ アメリカン汽船会社からカージフ石炭商を代表するナニ商会に対して行われた。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十二日(土)

沙河敵状 増援軍が到着するのを待つ事が彼等の目的であるように見える。

沙河敵状

敗れた敵が沙河の線に噛り付き防御工事を施しているのは公報でも見たが一寸にしても一尺にしてもその地位を守り増援軍が到着するのを待つ事が彼等の目的であるように見える。そしてその増援軍は、小部隊づつで奉天方面に到着し、直ちに戦線に投入されるという情報がある向きに届いている。多分ドンコサック第4師団と思われる。

 

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十三日(日)

清国商標登録規制 獨、佛は延期説を主張し、日米英は延期反対である

張総督と英チベット条約 英チベット条約の清国に与える影響は重大である

清国商標登録規制 22日北京特派員発

商標登録規制実施規則はいよいよ明日に決着するけれども露、獨、佛は延期説を主張し、独逸は1年、仏国は半年延期して修正を加えた上で実施すべきであるとの意見である。日米英は延期反対であり清国政府の希望通り明後日実施することに同意している。

張総督と英チベット条約 22日北京特派員発

英チベット条約の清国に与える影響は重大であり、若しこれを黙認する時はチベットにおける清国の権力は名実共に失われるので、政府は極力不当の要求を退けるべきであると張総督は打電してきた。

解説:本紙9月21日「英とチベットの新条約」に関連記事があり、清国の抗議はごまめの歯軋りのような感がある。「チベット」問題では6月16日以降10篇の関連記事がある。

 

 明治三十七年十月二十四日(月)

敵の死傷広報 沙河の会戦における露国の負傷者は5万5千868人

日本軍艦の高いモラル 日本の水雷艇から一度も攻撃を受ける事がなかった

日本の注文した潜航艇 日本の注文を受け、ホランド型潜航艇の5隻を建造中

敵の死傷広報 23日ロンドン ルーター社発電

露国において発表された所によれば沙河の会戦における露国の負傷者は5万5千868人であり戦死者は約1万2千位である。

日本軍艦の高いモラル 9月28日 ニュヨーク トリビュン紙

目下旅順港内にある露国病院船「モンゴリア」号の一乗組員が書いた私信の中に日本軍艦の高いモラルを賞して次のような事実を挙げていた。

「モンゴリア」号は海戦中(8月10日の海戦と思われる)2回までも我が艦隊とはぐれたがその度毎に日本軍艦より舵を左にとれとの信号を受け、これに従いて危険を免れた。

 またある時敵味方の砲火の間になって日本の水雷艇がしばしば直ぐ近くを通過したがついに一度も攻撃を受ける事がなく無事港内に引き返すことできた。

日本の注文した潜航艇 9月12日ニュヨーク ウチールド紙

マサチューセッツ造船所が日本の注文を受け、ホランド型潜航艇の5隻を建造中である事は厳重に秘密とされてきたが同艇は長さ17.7メートル、最大幅3.3メートル、速力8~10ノット(1519Km/h)である。最新式の操舵装置を備え、潜航深度36mで潜航時間28時間である。11月中にはその1隻を日本に輸出可能の見込みである。

解説:5年後の明治43年、佐久間艇長の6号潜水艇は水深約15mの海底に沈んだ。この艇はホランド型を改良した国産であった。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十五日(火)

バルチック艦隊の暴行 漁船に向かって発砲し、2隻を撃沈し、乗組員2人を殺した

ハンブルグ船主の弁明 30隻の英国汽船も石炭の輸送に従事している

我のみに非ず 英船キング号は露国艦隊のために多数の冷凍肉を喜望峰に輸送した。

士官学校卒業式 大元帥陛下は第1講堂で優等卒業生 永田鉄山の講演を聞召された

バルチック艦隊の暴行 24日 ロンドン ルーター社発

バルチック艦隊は北海に於いて群がる漁船の船体に向かって発砲し、2隻を撃沈し、乗組員2人を殺し、多数を負傷させた。

解説:日本の新聞に掲載されたドッガーバンク事件の第1報である。

ハンブルグ船主の弁明 23日ベルリン特約通信員発電

ブレーメンのウエーゼル新聞が、ハンブルグ汽船業者が露国に石炭を積み出している事を非難したのに対して船主等は次の弁明を行った。

第1 自分たちは中立国に石炭を輸送するのみで、軍艦の航海のために行っているのではない。

第2 30隻の英国汽船も石炭の輸送に従事している。

我のみに非ず 23日ベルリン特約通信員発電

ロイド電報によれば英船キング号は船名を改め露国艦隊に供給するために多数の冷凍肉を喜望峰に輸送した。

士官学校卒業式

陸軍士官学校において昨日第16期卒業証書授与式を挙行した。大元帥陛下は中庭において安藤歩兵中佐の指揮で行われた諸生徒の観兵式にご出席され、次いで第2講堂に於いて卒業生徒の作業図を天覧あらせられ次いで第1講堂で次の講演を聞召された。

 夜間における攻撃戦闘について   優等卒業生 永田 鉄山

解説:永田鉄山は、昭和10年3月、陸軍省軍務局長の時相沢中佐に暗殺された人物で将来の陸軍大臣と言われていた。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十六日(水)

我が同盟国世論 新聞及び大衆は、露国から迅速な陳謝と賠償を得るべきと主張

露艦暴行事件詳報 クレーン号は沈没し船頭及び船員の死体はハルに持ち帰られた

我が同盟国世論 24日ロンドン特約通信員発電

バルチック艦隊が北海に於いて英国漁船を攻撃した事は大いに英人の憤激をまねき皆これは海賊同様の無法な行為であると言っている。

新聞及び大衆は、露国から迅速な陳謝と賠償を得るべきと主張し、今回のことは露国が英国に挑戦するためか若しくは艦隊の気が狂ったために起きた行為であると認めている。

露艦暴行事件詳報 25日ロンドン ルーター社発電

漁船隊は昨日ハルに帰港したが、バルチック艦隊は日曜日(23日)の夜、北海に於いて漁船を襲撃し、その2隻を沈没させ2人の死者と多数の負傷者を生じた。

バルチック艦隊の最初の艦隊は金曜日(21日)の夜半漁場を通過したが、残りの艦隊は日曜日の夜、探照灯でしばらく漁船の方を照らした後砲撃を開始し、クレーン号は沈没し船頭及び船員の頭部を失った死体はハルに持ち帰られた。ウイーン号は船員全部を乗せたまま沈没した模様である。尚現場では29名の負傷者を乗せたまま行方不明者の捜索を行っている。一説によれば当時出漁していた漁船は150隻に上るという。

 

 

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十七日(木)

英国の対露要求 バルチック艦隊の漁船攻撃について、即刻賠償を露国に要求

独逸新聞の報道 バルチック艦隊への肉類や石炭の供給は英国商船が行っている

攻囲軍成績 日本軍は二龍山と鉢巻山との中間南東の高地を占領した

英国の対露要求 25日ロンドン特約通信員発

英国外務大臣ランスダウン卿は、バルチック艦隊の漁船攻撃について、即刻賠償をするよう露国に要求し、露国が回答をこれ以上遅らせることは許すことは出来ないと明確に通告した。

漁船乗組員を救助しなかった露国艦隊の無慈悲さを世論は憤激している。新聞紙は、バルチック艦隊は世界に対する危険物であり、漁船砲撃に責任を持つ将校を軍法会議により処罰しなければならないと主張している。

独逸新聞の報道 25日ベルリン特約通信員発

諸新聞の報道によれば露国は、少なからざる軍用品を英国より買い入れており又英独2国の造船所は同じように露国に汽船を売り渡している。バルチック艦隊への肉類や石炭の供給は主として英国商船が行っている。

攻囲軍成績 26日チーフ特派員発電

日本軍は二龍山と鉢巻山(堡塁がその山を鉢巻の様に回っているために付けた名称)との中間南東の高地を占領した。この高地は旅順本防禦線の一部である。

25日夕方より二龍山と松樹山(しょうじゅざん)方面において盛んな砲声が聞こえるとの情報があった。多分日本軍は大攻撃を開始したのであろう。露国艦隊は依然として東港内を出なくて一部は白玉山の陰に潜み、一部は港内東北北東の隅に隠れているようで船影を見かけない様である。

解説:第3軍(乃木大将)は10月26日から第2回総攻撃を開始した。今回の目標は松樹山堡塁、二龍山堡塁と東鶏冠山堡塁であった。二十八サンチ榴弾砲をいんいんと撃ち始め,松樹山には約700発、二龍山には約1,100発、東鶏冠山北には約500発を打ち込んだ。巨弾の威力はすさまじく、堡塁の頑丈なペートンのアーチを貫いて炸裂した。(近代の戦争 人物往来社より)

 東京朝日新聞明治三十七年十月二十八日(金)

英露間事態重大 英国は自国艦隊の力により露国艦隊の行動を阻止すべき。

発狂艦隊の行方 露国海軍省は現在バルチック艦隊が何処にいるか知らず。

東京市長英国に弔電を発す 犠牲及びその遺族に対し我らの深厚なる同情

英露間事態重大 26日ロンドン特約通信員発

バルチック艦隊の暴行に対し露国政府が今に到るまでも英国政府の要求条件に応ずる気配がないため事態がますます重大になりつつある。

英人はこの際努めて慎重な態度を取っているけれども露国政府の応答が未だはっきりしていないため次第に激昂の色を示している。露国が速やかに十分な満足を与えないならば英国は自国艦隊の力により露国艦隊の行動を阻止すべきであると主張する者がいる。

発狂艦隊の行方 27日ロンドン ルーター社発電

在露ルーター通信員の報道によれば露国海軍省は現在バルチック艦隊が何処にいるか知らず従って露国政府は艦隊と連絡を取れないでいる。

東京市長英国に弔電を発す

尾崎東京市長はバルチック艦隊の暴行に関して昨日英国ハル市長に宛てて次の意味の弔電を打った。

ロシア艦隊暴行の為に生じた犠牲及びその遺族に対し我らの深厚なる同情を享受せられよ。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月二十九日(土)

英露間事態ますます重大 艦隊は英国漁船中に日本水雷艇がいるのを見たと主張

発狂艦隊事件別報 英国は今回の暴行を行った将校を処罰するよう要求した

 

英露間事態ますます重大 27日ロンドン特約通信員発

露国政府は未だ何らの回答を為さず回答期限は今夜限りである。

英国政府は明日正午内閣閣僚会議を開くことに決定した。露国政府はバルチック艦隊司令長官ロゼストウインスキー提督の報告が到着したがその報告中に艦隊は明確に英国漁船中に2隻の日本水雷艇がいるのを見た為その敵船の舷側に発砲したと主張している。露国政府はそのため英国政府の要求に従ってその責任士官を罰し且つ将来の保障を与えることを拒絶しこのため英露の関係は重大となっている。

発狂艦隊事件別報 28日ロンドン ルーター社発電

バルチック艦隊暴行事件に関して露人の公言する所によると露艦はハル沖に於いて日本の水雷艇を見たと信じこれを砲撃したもので初めよりこれを漁船とは気がつかなかったという。この事件に関する同艦隊司令長官の報告は未だロンドンに通報されず英国は今回の暴行を行った将校を処罰するよう要求したが露国は未だこれに同意していない。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月三十日(日)

英露間形勢切迫 英国海軍省は全ての準備を整えつつあり

スペイン動かざる バルチック艦隊の艦は400トンまで石炭を積み込む

明年度財政計画 7億7千万円が軍事費

英露間形勢切迫 28日ロンドン特約通信員発

露国政府の回答が未だ到着しないため事態はますます重大になりそうである。たとえ回答が到達しても驚くべき露国艦隊司令官の弁明で改められることがない限りこの上の交渉は一切無用となるであろう。

英国海軍省は今や如何なる事態の変化にも対応できるよう全ての準備を整えつつあり。

スペイン動かざる 同上

マドリード駐在露国大使がスペイン政府と協議の結果、バルチック艦隊は同国領海において石炭を積み込むことが出来るが但し各艦は400トンまでとなった。

明年度財政計画

明38年度の財政計画は大体においてほぼ決定し、その詳細については目下審議中であるが予算総額は9億8千万円でありその内訳は

1億8千万円が一般会計で、7億7千万円が軍事費

この内5億4千万円は全部公債により充当するようである。

 

東京朝日新聞明治三十七年十月三十一日(月)

英露協定の内容 暴行に責任ある将校は裁判を受け、相当の罰を受けなければならない

敵艦タンジール着 戦艦3隻、巡洋艦1隻、水雷艇71029日タンジールに到着した

英艦ウイゴ着 英艦ランカスター号はウイゴに到着した

 

英露協定の内容 30日ロンドン ルーター社発

英国首相ベルファー氏はサザンプトンに於ける演説で、バルチック艦隊事件は両国連合調査に附されることとなり、露国は既にウイゴに入港した同艦隊の一部に出港中止を命じている。暴行に関する責任ある将校は極東に向かうことなく裁判を受けた上で相当の罰を受けなければならない。露国は再び本件の如き事件の発生を防ぐ為の命令を行った。

敵艦タンジール着

次の露国軍艦が、1029日タンジールに到着したとの報道があった。

戦艦3隻 オスラビア シソイウエリキー、ナワリン

巡洋艦1隻 アドミラルナヒモフ

水雷艇7隻、石炭船5隻(ドイツ汽船)

英艦ウイゴ着 30日ロンドン ルーター社発

 

英艦ランカスター号はウイゴに到着した。(ランカスター号は本年完成した98百トン、23ノットの装甲巡洋艦である)